孟宗竹撃滅 悪戦苦闘記

墓地の西側、県道の斜面に、南北40mに
わたって孟宗竹が生えていた。放っておけば、全80mまで達する勢いだった。


40年前にお庫裏改築のために、東側の竹林を伐採して、数本の根を移植したものだ。
初めの20年は、生きているのがやっとの状態で、すっかり忘れられていた。
 ところが・・・

目覚めてしまったのか、
20年後、太い孟宗竹が堤防の斜面をどんどん覆ってくる。そのタケノコがまた美味いのなんの。
柔らかいタケノコは、平地のものと違って、エグミがなくて、
かなり太い根の部分まで美味しく食べることが出来る。
ご近所からいただく野菜や果物のお返しとして、大いに役立ったものだった。



しかし
「功罪相半ばする」で、良いことばかりとは限らない。
強い風が吹くと、墓地の2/3に竹の葉っぱが降り注ぐのだ。しかも、1年中パラパラと。
地面にくっついてしまってとても掃きにくい。敷き詰めてある砕石と混じって集めにくい、燃えにくい・・・。

タケノコが大好きな父が亡くなった翌春に伐採することにした。(2001年)
業者を頼んで、すべて伐採、処分。 (40万円ナリ)
あとはこちらでと、お引き取りいただいた。


その1週間後、
直径15pほどの孟宗竹1本を切ったところに、直径10pほどの竹が10本ほど生えてきた。
それらを全部掘って、ご近所に「最後の、最後のタケノコです」と配りまくる。


その1週間後に、10本掘ったところに、直径3pのタケノコが100本ほど。
もはや食用としては向いていないので、すべて足で蹴り倒した。(週に2〜3回)

万を数える小ぶりのタケノコを蹴り倒したころに、元々の孟宗竹1本に対して、500本以上の
直径 1pの竹が生えてきた。もはや一面の雑草状態だ。


それらは、もはや「足」では間に合わないので、草払い機で刈り取る。この毎週の作業は秋まで続いた。
2年目にも、直径 1p程度の竹が生えたが、その太さが最高で、週1回の竹刈り作業をする。
3年目には、すっかり絶えてしまった。

竹の根は、幹と同じように節があって、節のところから出た芽が、たまたま地上であれば枝、
地下であれば根になるという万能型だ。どこにでも入り込むけれども、弱点はある。
スギナ退治と同じで、葉っぱを出さないうちに何度でも刈り取ってしまうこと。理屈はまったく同じだ。

新飯田は、モモ、ナシ、ブドウの産地。ブドウの木は古くなると。1本で300坪の畑を覆うことができる。
さらにブドウ1房に対して、最低30枚の葉っぱが無ければ、
太陽からの十分な栄養をもらえずに糖度不足のブドウとなる。

どんな植物でも、太陽光が必要で、それを受ける葉っぱが無ければ生きることはできない。

(16年前のことでした)