ちょっとした 
お知らせ 
ちょっとしたお知らせ  2018年〜

2018−5月 B
二男の智海が入寺しました

 
 高校から大学まで京都で過ごしておりました智海(25歳)が、4月から等運寺勤務となりました。

 以前から、帰省するたびに月忌まいり、通夜・葬儀・法事の手伝いをしていました。4月から地区外のお参りにも行ってもらい、ご門徒さんの家と顔を少しずつ覚えてもらうようにしています。
 お参りに行くと、どこでも質問攻めに遭って、1軒あたりの所要時間が普通の数倍かかるようですが、一応歓迎されているようなので有難く思っています。よろしくお育てください。
 得意は、生け花、バッグなどの創作と庭師の仕事。趣味は自転車で、暇を見つけて30キロ圏内を走り回っています。
 それに食べる量が半端ではありません。3人(プラス1)家族だった3月までに比べ、1日あたり倍以上の米を消費しています。

2018年5月 A

 【今月末に住職が交代いたします


 4月15日、臨時役員会を開催し、現住職の塚本智光(65歳)が引退し、5月26日〜28日、本山で行われる住職修習を経て、第18代住職として塚本智秀(35歳)が就任することが承認されました。

 住職修習には必ず門徒代表が随行し、別に研修が行われることになっていますが、責任役員の小日向敏則さんが行ってくださることになりました。
 現住職は37歳で住職となり28年勤めさせていただきました。等運寺歴代の住職就任年齢を見ますと、37歳は最高齢で、35歳は2番目の記録です。ほかの寺はともかく、等運寺では決して早いというわけではありません。

 3月25日に新役員選定が行われた翌月に、臨時責任役員会と臨時総代会をそれぞれ開催して、急きょ住職交代の承認手続きをとった理由については後日説明し、ご理解いただきたいと存じますが、とりあえずお報せ申しあげます。

2018年5月 @
  役員選定のご報告2018年3月


   代表役員 塚本智光 (住職) 無任期

   責任役員 丸山信雄  古町  留任
     同   小林 大  砂原   〃
     同   金子 勝  砂原   〃
     同   小日向敏則 下中   〃
     同   丸山英俊  舘   新任

   総 代   白野圭彦  横町  元
     同   堀 雅晴  中町  〃
     同   白野徹人  下町甲 新任
     同   瀧澤満也  下町乙 〃
     同   小林智弘  新町   〃
     同   丸山和彦  砂原  〃
     同   赤塚 久  舘   〃
     同   山崎政樹  上中村 〃
     同   山崎 昇  下中村 元
     同   星 和夫  吉上  新任
     同   小野塚孝一 潟浦  〃
     同   金 子 功 次新  留任
     同   宮本秀喜  道潟  〃

   監 事  関根朝秋  古町  新任
     同   大槻達弥  川前   〃 

 3月25日、役員会が開催され、新役員が選定されました。よろしくお願いいたします。
  (任期は3年)
 

枝村さんご夫妻(前列中央と左隣)と責任役員

平キンを ご寄贈いただきました 】  2018.2.3
                   

 新飯田下町の枝村 秀・ミイご夫妻から【平キンと平キン台】を寄贈いただきました。(キンの文字は「聲」の「耳」の代わりに「金」の文字)
 寺で扱う鐘類は、大きいものから、梵鐘、喚鐘、経?、平キン、砂張、三匝鈴、印キンがあります。
 『正信偈』を読むときに使うのが平キンです。真鍮の一枚板を叩いて叩いてこの形に仕上げます。特に厚い真鍮板を使用しました。平?台も最高級の仕様です。

 30年前の本堂改築の際に、簡単に動かすことの出来ない仏具を中心にお洗濯したり購入しましたが、すべての仏具を整えるには予算オーバーで不完全でありました。
 それでも、その後の30年間で、総額500万円以上をかけて、少しずつ仏具や掛け軸を整えてまいりました。この1月にも14万円で仏具を修復しています(特別会計から)
 住職が考えている「残るあと数点」の内のひとつが今回の「平キン」でした。(安物と入れ替えです)

 枝村さんからは、現金をそのまま収納するなり、仏具を購入するなりお任せするということでしたので、先代の真一郎・ヨシさんの院号法名と、ご夫妻のお名前を平キンに彫りました。本堂が火災にあわない限り残ることでしょう。(等運寺は400年以上火災に遭ったことはありません)

 寺院仏具は、注文を受けてから製作にかかりますので、大量生産ではありません。ですから平キンと平キン台の最高級品は、それぞれが数10万円単位となり、たやすく買えるものではありません。
 2月3日、責任役員会議を開催した際にご来院いただき、全員で正信偈を唱和し、使い始めとさせていただきました。
 以前のものと打ちくらべると、「オー」と歓声があがるほどの音色でした。
 



未だに経験したことのない −8℃ 】  2018.1.13
                   

 12日は、ふだん降雪の少ない新潟市は80pほどの典型的な「里雪」で、新幹線以外の交通網が遮断され、大渋滞やら15時間も列車に閉じ込められたりして散々でした。

 翌13日は晴天でしたが、放射冷却で、朝から寒いのなんの。午前9時すぎに車を発進するときに車庫内の温度は「−4℃」。
 「これは寒い訳だ」
5分後、国道に出たら「−5℃」、すぐに「−6℃」に。今まで新潟県内で体験するタイ記録だと思ったら、5分後に「−7℃」の表示が出た。これは65年の人生で新記録だと思って、道路わきに停車して記念写真を撮った(写真上)。
 ついでに晴天のフロントの写真も(写真中)。

 信濃川を渡って加茂市に入ると「−8℃」の表示に変わった。またまた停車して記念写真だ(写真下)。すでに9時半になるところだ。

 いつもよりかなり早い時間にお参りに伺ったところ、奥さまはビックリ。「すみませーん。部屋を暖めておかないで。あれま、9℃しかないわ」
 「なんの、−8℃の世界から来たんですから、暑いくらいですよ ハハハ」


 


雌猫 マリ 死す 2018.1.12  11:20 am

 一昨年から歯が悪くなって、ウエットの猫缶にしていました。(猫特有の腎臓の病気です) 猫缶を開けると、待ちきれずにテーブルの周りをチリン チリンと鈴を鳴らしながら2周します。その朝もうれしそうにテーブルを周りました。
 ところが10時ころ突然歩行困難になって、痙攣がはじまり、そのまま息絶えてしまいました。最後に「マリ、そばについているからな」と言ったら、二声だけ「ニャー ニャー」と鳴きました。聞こえたんですね。

 10年前の12月に、やせ細った子猫が我が家の猫(雄2、雌1匹)のエサをガツガツと食べていました。しかも下痢の垂れ流し状態で、このままでは生きていくことはできなかったでしょう。他の3匹の猫たちは、子猫の必死さと、汚さに呆れて、追い出したりしませんでした。当時中学3年生の二男が抱きかかえて、すぐに病院に入院させると言います。
 数日の入院の結果、下痢も治って、お馴染みの先生が、「お前、よかったなー。いいところに拾われて」と。同じような境遇の猫たちもすんなり同居を許しました。

 60数年間、何匹も猫を飼っていて(後半は常に複数)、性格は最高の猫でした。柱に爪とぎもしませんし、広げた新聞紙を踏まずに回って通ります。近所のこどもたち、遠方の「猫好き」のご門徒さん、特に猫好きでもない役員のお年寄りにも可愛がっていただきました。ありがとうございました。

 いつも猫が死ぬたびに泣いてしまいますが、この猫は特別です。真夜中にベッドに飛び乗って「入れてー」と頬に息を吹きかけてくるような気がします。ずっと右脇で寝ていた猫がいないと、今年一番の寒波が一層身に沁みます。

生存中は、左の三毛猫 「千の方さま」。当時も最長老        上から見ると ニシキヘビ
  薪ストーブの前は いつも彼女のもの
   時には こんなイタズラ も。         夫婦だけの7年間は、まさしく 「かすがい」 でした。
    藤のイスも彼女専用。     夜は、10月から5月まで、9年間 腕枕をして一緒に寝ていました
  茶の間や本堂にお客様があると、必ず出てきて、初対面の方の膝の上に乗ることが好きでした。
   猫ドアを4ヵ所に設置。
  納骨時や お墓のお経の時も 必ずついてきます。

  つけていた「金色の鈴」は、2匹の妹たちに仲良く1コずつ形見分けしました。
  


お香の袋詰めボランティア 2017.12

 年始の際にお配りする「お香」の袋詰め作業を、「あゆみの会」の有志の方が全面的にしてくださいました。(12・20)

 毎年、京都の老舗・薫玉堂から取り寄せています。ビニール袋に小分けして、手折りの紙の中に入れる作業です。
 いかにも素人っぽい出来上がりですが、中身で勝負。お香は間違いないものを入れてあります。

 一般的なご家庭で使う平均的な量を入れてありますが、足らなくなったらご連絡ください。差し上げます。



三条別院すす払い奉仕 】  2017.12
                   

 12月16日〜17日、恒例のすす払い奉仕がありました。おそらく過去30数年で、最小人数の参加者でした。

 その中で、新飯田から4人の常連組の参加は、有り難く、尊いことでした。


梨の王様「ル・レクチェ」     2017.9

 ● この3ヵ月で、石川県に1回、長野県に1回、山形県に4回行く機会があった。無論、物見遊山ではない。すべて日帰り出来る範囲内だが、内4回は1泊の日程だ。日帰りの方が大変なようだけれども、実はそうではない。泊まると必ず二日酔い状態で帰ることになる。

● 20年ほど前、その山形県の寺に初めて伺ったときに、地元新飯田の「ル・レクチェ」を手土産とした。そこのご住職が「ほほ―、新潟にもこれがあるんだね」と仰った。実は「これ」とは山形県名産の「ラ・フランス」のことで、申し訳ないけれども、個人的には味も姿も「ル・レクチェ」の方が2ランク上で、梨の王様だと思っている。

● さらに30年ほど前に、「ル・レクチェ」を富山県の友人に贈ったことがあった。翌年、彼と会った時に「ひどいものを送っきた」との苦情があった。当時は、食べごろになる前に出荷することがあって、ちょうど青いバナナを食べたと同じだったのだろう、「とても食えたものじゃないので全部捨てた」と。それ以来、彼のところには絶対に贈らないことにした。 



お盆の翌日に… 】  2017.9
                   

 等運寺400余年来、恐らく初めて達成したことがあります。
 お盆の15日の夕方に、お墓のロウソクと線香を集め、16日の早朝には、本来無いはずのカン、ビン、ペットボトルを片付け、16日午後には、大量の花を一気にビニール袋に詰め込みました。

 翌17日には、ヘラで溶けたローソクを落とし、ハケで灰を掃き落として、最後に花を軽トラックで新潟市の処分場に持ち込んで、一件落着です。

(びん、カン、ペットボトルは、後日指定日に出します。墓地に持ち込まないようにお願いします)

 初めてお盆の翌日に片づけが終わりました。その後大雨が降って墓地が一層きれいになりました。




帰敬式の様子
帰敬式(別名 おかみそり)受式のお勧め】
                     2017.9

 三条別院の報恩講期間中の11月6日から8日に、本山から信明院鍵役がご参修されます。

 その折りに仏弟子となる帰敬式を受式しませんか。生前にその機会がなかった方は、やむを得ず枕勤めの前に住職が行いますが、本来生前にご自分の意志で受式しておくものです。ご相談ください。

 各寺で、住職が生前に帰敬式を執り行うことが出来るようになりましたが、出来れば三条別院、または京都の本山で受式していただきたいと願い、等運寺では執り行ってはおりません。
 





墓石の苔(こけ)】  2017.7
                   

 苔生(む)す墓というと、鎌倉か京都の古寺を巡っているようで、いかにも風流ではあります。

けれども、石は本来丈夫なものですが、苔やカビが繁殖する際に出す酵素が、石をもろくさせるはたらきがあると聞いています。ですから、年に一回はタワシなどで苔を取り除いておきましょう。



等運寺に家族が増えました。よろしくお願いいたします】


 6月12日、初孫が誕生しました。2960グラムの男の子でした。智燈(ちとう)といいます。
 実家のつくば市での出産でしたが、あいにく父親は消防団の慰労会、孫親である住職は京都に出張中でありました。名前は二人で決めたそうです。

 お釈迦さまの遺言である「自燈明 法燈明」(誰かの言葉や教えに左右されることなく、自らの心と、正しい教えをよりどころとして修業しなさい)から「燈」の字を選んだと聞きました。(「灯」の旧字体です)

 15代住職・智道から、智教、智光、智秀、智燈と「智」の字が5代続くことになります。(今度こそ「名前負け」しませんように)


 写真の上段が、1週目〜2週目。 中段が、4週目から1ヵ月、下段が2ヵ月です。 (ジジ馬鹿でスミマセン)



 
【 鍵役(門首後継者)夫人の幸香さんと そのお仲間たち 】 
2017-5

 5月15日から18日まで、真宗本廟に(仕事で)行きました。その晨朝に毎日参拝されている大谷幸香(サチカ)さんと、3日連続でお話することができました。(写真、右から3人目)
 門首後継者である、大谷暢裕さんは日系1世ですがブラジル国籍、幸香さんは日系2世です。

 私が40年前に、ブラジル別院(南米開教監督部)に出向したときに、暢裕さんのお父さんと、幸香さんのお母さんと親しくさせてもらっていました。でもお二人には会う機会はありませんでした。

 4月の晨朝参拝で、熊野さん
(写真、右から2人目)という方とたまたま出会い、翌5月にニュージーランドからお帰りになったばかりの幸香さんに引き合わせてくれました。晨朝参拝の常連仲間で、ブラジルからお出でになって日本に慣れない暢裕さんと、(当時は)日本語が出来なかった幸香さんを応援しようと、毎朝晨朝の後、雑談を交わしたり時には食事をしたり、まさしく御同朋としてのお付き合いとか。最高齢は真ん中のおばあちゃん95歳。

 言葉もわからず、ホームシックになられているのではと陰ながら心配していましたが、こんな素晴らしいお仲間たちがいてくれることに感謝するばかりでした。

 朝のお勤めの後に、法話をすることになっていました。同朋会館や研修道場に研修に来ている僧侶や職員が結構多く、その分、つい力が入って法話が難しくなりがちです。
 けれども幸香さんも聴聞されていますので、考えていた法話は止めて、2日間とも専門用語を使わずに、なるべく日常の言葉で話すように務めたつもりです。(他の法話担当者は知っているのかな?)
 
 お世辞でしょうが、幸香さんから「わかりやすくて、いいお話ありがとうございました」と言われました。2年前に大谷ご夫妻と私の共通の友人がブラジルから来ました。その友人は、日本語はほとんどダメと言ってましたが、とんでもない、日常会話はかなり上達されています。
 それも毎日気さくに話しかけてくれるお仲間たちのおかげと思います。(ニュージーランド土産のボールペンをいただきました)

 写真を撮った人が中尾さんという方で、指が写っています。他に入江さんと言う男性は、40年前に本願寺出入りの業者さんで、知っている方でした。

 また、6月に京都に行きます。皆さんとお会いすることでしょう。






お墓の花の 取り扱い
                    2017.5


  お彼岸やお盆に限らず、祥月命日などにもお墓参りをされている姿をよく拝見しています。
 あえて声をかけない時もありますが、ちゃんと本堂にお参りされてから、お墓に向かう姿もお見かけしています。(拍手)

 さて、お墓参りの後のことです。枯れた花を半透明のゴミ袋に入れて、新潟市の「枝葉収集日」の月曜日に出しますが、回収のタイミングが難しいのです。
 お花の回収は、3日後、1週間後、枯れかけた頃、すっかり枯れた後? 

 翌日、再びお墓参りに来たら、まだ枯れていないはずの花が、無くなっていたということもあるかと思います。(すみません。お墓の花に「賞味期限」の日付がはいっていないものですから)


東日本大震災復興祈念
  石田悠晃 チャリティーライブ

                2017.2

 東本願寺の同朋会館で、教導と補導として、たまたま知り合った岩手県花巻市の僧侶 石田さん。高校生の時にアカペラに出会い、そして僧侶であり、プロとして数千回のライブをこなしてきました。

 研修時に一緒に上山した、オジさんバンドの光善寺住職、音大出の別院音楽法要指揮者の本龍寺坊守さんとも意気投合して、チャリティーライブを、三条市矢田の光善寺で開催して4年目になります。

 500円のワンコインライブほか寄付金で、この収益はすべて東日本大震災復興に向けられました。 いつもは、少しばかりの支援と観客でいたのですが、今年は光善寺住職の要請により、30年前に「人形劇」をしていた仲間6人でチームを再結成して、大型紙芝居『どろぼう学校』を前座で演じました(当日即再解散)。

 年々盛り上がって、今年は私たちを含め「前座」が7組もありました。





もしかして、初孫は男の子…?
                    2017.3


 自分の力では生きることさえ危うい赤ちゃんでも、本当に凄いお仕事をするものだと感動しました。たった1人で、2人のパパ・ママ、4人のジジ・ババを生み出すのですから。

 6月の新飯田祭りのころと聞いています。


 慶専寺ギャラリー礫堂  2017.3

 寺報の表紙に使わせていただいている谷内正遠(たにうちまさと)さんの木版画常設ギャラリーを訪ねました。   
 ご実家の慶専寺(副住職)の二階建ての蔵を改装して、版画以外に、カレンダー、絵葉書、木工や、喫茶スペースもありました。

 ただし、ここでは「商売」する気は全くないらしく、いくつかの小作品を買い求めようとしたら「あげる」。 コーヒー代を払おうとしたら「いらない」でした。
 お庫裏には薪ストーブがありました。

 等運寺坊守の幼なじみで、山奥の隣りの寺です。(お留守が多いですから、電話してからに・・・)

慶 専 寺 (きょうせんじ): 石川県河北郡津幡町上河合 ハ66
  076−287−1048




Bプラン(奥座敷タイプ) 

本堂・奥座敷での葬儀】 2017.3

 何度か寺報とホームページでご紹介をいたしました、本堂での通夜・葬儀が、今年になって2回ありました。 
 しかも2回目は、奥座敷ですべてお勤めしました。厳寒期でしたので、20畳の部屋のイス・テーブル席で、ホットカーペット付きです。あったかでした。極めてアットホーム的で、家族の一員のような雰囲気で、最後の「おとき」まで過ごすことが出来ました。
 10人以上の宿泊や、お風呂も利用していただけます。

 葬儀にかかる経費について、昨年から本堂で行う通夜・葬儀について、
Aプラン、30万円弱
(税込み)と、
Bプラン、20万円弱(税込み)、の2種類のプランで葬祭業者と取り決めています。
 別に、お布施、飲食費、宿泊貸布団、光熱費(1日5千円)がかかります。

※ 本堂または奥座敷で通夜・葬儀をお勤めする場合は、「生花、果物かご、灯篭」などの供え物はお断りしています。どうしてもお供え物をという方には、ご遺族に「お花代」としてお包みするよう申し上げております。
※ 棺桶は、桐製のみです。



 寺 報
【『報恩』が200号になりました】
           
2016.12

 ●寺報『報恩』が発行200号になりました。長らく各地区内を配ってくださった役員の皆さまに感謝いたします。また押しつけがましく配られ、また郵送される寺報を読んでくださった方々にもお礼申しあげます。

●昭和57年に、付近の寺院が多数宗派を集団離脱した≪事件≫を機に、離脱ということはどういうことなのか、緊急に文書配布したものに「第1号」とありました。その続き番号で、年間6回の発行をしてきました。
 昭和30年代の中頃に、ガリ版刷りで行事案内の文書があって、手をインクだらけにして手伝わされた記憶があります。それには通し番号がありませんでした。
 親の代から、数10年間役員をされていた方が、そのころからの文書をすべて保存しているのを見せていただいたことがあります。ビックリです。

●住職からの一方的な記事だけではなく、『正信偈を読んでます』のインタビュー記事や、門徒さんの投稿などを取り入れて、親しみやすい寺報を心がけてきました。(少々脱線したバカな記事もありますが)

●インタビュー記事は、同朋会推進員の友人が取材と編集を担当して17年目になります。「いつまでやる?」「どちらかがボケるまで」。寺報折りと発送作業を手伝ってくれるご夫婦や、あゆみの会の皆さんも「まだ印刷が出来てないのか」と、いつも尻をたたいてくださってありがとうございます。

●200号の特集号を組もうと考えていましたが、やめました。忙しいからではなく、長男が帰ってきて、昼寝できるほど余裕ができたからです。
 前住職が亡くなってからの10年間が、寺の内外公私ともに超多忙で、その時のほうが勢いで新たなことにも取り組むことができたように思います。ヒマが出来るとだめなものですね。

●時代遅れのB4小紙面の寺報です。それを補完する意味で、載せきれない写真や記事はホームページをつくってみました。HPはちょうど13年になります。こちらは余計な経費をかけたくないため、いかにも素人の体裁です。






 閉会式直前。
 ストーブから離れられません

三条別院すす払い奉仕】 2016.12


 12月10日〜11日、すす払い奉仕に参加いたしました。新飯田からは6名でした。みな10年、20年以上連続参加の方々です。

 扉を開け放すと、動き続けないと寒さがこたえるので、かえって急ピッチで掃除がはかどりました。
 0時ころ目を覚ますと、30名中約6割の方がまだ「本寺小路」を散策中と思われ、寝床がカラでした。


 
 技能五輪 日本一 】    2016.12

 新聞各紙、NHKニュースのゲスト取材でも報じられましたが、田上町の石田光平さん(22)が、技能五輪全国大会の貴金属装身具部門で、最高賞の金賞を獲得しました。
 同大会は、23歳以下の青年技能者が対象で、41部門に全国から約1300人が出場しました。

 光平さんの父親は、田上町の「土生田焼き」(はにゅだやき)2代目の一平さん、プロの陶芸家です。先代独自の濃い赤色の陶器はいまだ鮮烈な記憶があります。2代目はそれにさらに工夫をし、還暦を迎えてからは一気に昇華するのではないかと思うほどにオーラが漂っています。
 また、近隣の市町村や学校に陶芸指導に出向き、等運寺の門徒さんの中にも直弟子や孫弟子がいらっしゃいます。

 寺には坊守が特におねだりして作っていただいた花器や皿などがあって、一平さんの勧めもあり、仕舞い込まずに普段使いしています。
 母親の泉さんは、第4回の「正信偈を読んでます」のインタビュービューに登場していただきました。クラシックバレーをされていらっしゃったとか。夫と光平さんを全面的にバックアップしている良妻賢母です。

 そうそう、光平さん本人のことを忘れていました。赤ん坊の頃から見ています。高校生になってから会う機会が少なくなったと思ったら今回のビッグニュースでした。
 この受賞は、たゆまぬ努力と技術力、加えて両親ゆずりのセンスとがあったのだと思いました。「親をはるかに超える可能性のある子どもを持つことは幸せだ」と、一平さんの友人が話していたということでした。

 残念ながら、技能五輪の世界大会には、わずかな年齢制限で銀賞の方が出場することになったそうです。


    https://www.facebook.com/ishidaichihei/
   (受賞ニュースと 土生田焼きの紹介)




両堂修復完了奉告法要】 2016.11


 三条別院の募集に先がけてご案内した「真宗本廟両堂御修復完了奉告法要」の団体参拝に、当寺より7名参加されます。

 残念ながら2名の方が、定員オーバーのため断念されました。なにしろ、教区内439ヵ寺で先着40名の募集でしたから…。

 11月20日から2泊3日の予定です。


 
三条別院の
松葉幼稚園が
    移転改築


三条別院、写真左下の松葉幼稚園が,写真中央下の駐車場(以前の幼稚園跡地)に移転改築される予定です。

 解体後の跡地は参拝者用の駐車場になり、大型バスが別院前を右折して、北三条駅前から本町方面、または産業道路に抜ける道路や門扉もあわせて整備されます。




シャインマスカット

● 例年になく暑い夏でした。果物も、米も10日ほど早いようです。今日(12日)墓地に除草剤を散布したら、例年20日過ぎにしか芽を出さない彼岸花が伸び始めていました。

● お隣の友人が、初めて「シャインマスカット」(写真)
という品種のブドウ栽培を始めて何房か頂きました。いわゆる高級品種で、初めて試験出荷した頃は、1房6000円もすると新聞で見たことがあります。上品な甘さ、果肉がしっかりとして私好みのブドウです。

● ブドウ栽培の手間(ビニールハウス、枝の選定、房作りなど)が膨大なため、ワインブドウの栽培に移行している農家が少しずつ増えてきました。お隣りの新潟市西蒲区で成功しているワイナリーがこの地元の新飯田で出来ないものかと思います。(思っているだけですが)

● この春から、新飯田で絶滅したホタルを復活させようという試みが始まりました。当院(息子)が、実質「名ばかり会長」にさせられて取り組んでいます。





 
   朝の梵鐘  2016.7

 朝の静寂を破って6時に梵鐘を撞きます。今年2月下旬から、1週のうち5日を古町の星島 保さん(66)が撞いてくださっています。

 2月の真っ暗な朝に梵鐘をついていると「おはようございます」と聞き覚えのある声がしました。早朝ウオーキングでいつもの時間とコースを変えたら、ちょうど鐘が鳴っていたというのです。「撞きませんか」「いいんですか」。これがきっかけでした。

 6時10分前に来て、本堂へのお参りと、必ず星島家のお墓の掃除をしてお帰りになります。「週に5回もお墓を洗うと、すり減ってしまいますよ」と冗談を言ってます。

 以来、ウオーキングで通りかかる人を引っぱり込んで、3人、4人で撞くこともあります。すがすがしい朝、しかも若い女性がいると華やかでいいものです。
 朝の「鐘つき会」募集中です。




 ※ 等運寺は梵鐘を6時ちょうどに撞き始めていますが、本山で「撞き終わりがご案内」とかいう言葉があって、6時ちょうどに最後の11回目をつくのが作法のようです。3年前、本山の同朋会館に泊まった時に、5時50分に1打目があって1分ごとに1回、6時ちょうどに11打目が鳴りました。
 


 写真は別頁に

 毛虫の苦手な方は決して見ないように


    (^_^)v
 トサカフトメイガ の大発生   2016.6

 この数10年間、毛虫の発生は「アメリカシロヒトリ」に限られていました。その対策は、動力噴霧機を持っている隣家の協力もあって万全だったハズだった。

 6月初旬、裏庭のクヌギ林を歩いていたら、初めて見る毛虫の大群が群れを成してクヌギに昇り付こうとしている場面に出くわしました。【写真@】 (違う木に3回)

 1群が100匹から300匹。地面を這った跡は、毛虫の吐き出した糸で河のように光っています。【写真A】

ネットで調べたら「トサカフトメイガ」の幼虫でした。繭の状態で地中で越冬し、6月ころクルミ、ニセアカシアの木に集団で糸を張り巣網を作って羽化するのだそうです。【写真BC】

 結構移動する速度が速いので、高い木に昇らないうちに、手元にあった「デープテレックス、スミチオン、一般の毛虫用スプレー」で一網打尽でした。8mほどのクヌギの高いところに5〜6ヵ所の巣網が見えますが、これは来年対応することにします。
 とにかくビックリしました。




(^_^;)
 
   【お詫び 】     2016.4

 住職は、お彼岸前から一時体調不良で、各方面にご迷惑をおかけいたしました。お詫び申し上げます。ほぼ回復しました。 

 40数日間、お酒をやめたら体重が4s強、ベルトの穴が2つ減りました。(体調がいいのでもうしばらく休みます)   

 逆に、私が飲まなくなったせいで、このところ当院が飲む機会がかなり増えています。いつも住職が運転手で、長男が横で高いびきです。
 



熊本地震の支援金について

 真宗大谷派三条教区では、4月27日災害対策委員会が招集され、熊本を中心とする地震災害への対応を協議する予定です。(この記事は前日 の26日のもの)

 協議の結果、何らかの行動をとることは確実です。考えられるのは教区の災害対策費からの緊急支出、さらに、広く支援金を集め、被災地に贈ることです。 

 阪神・淡路大震災など、近年の数回の大災害時にも、寺を通じた支援金の要請が、三条教務所からありましたが、等運寺は皆さまにご依頼せず、特別会計から一括寄付してきました。

 なぜならば、同じ義援金の要請が、職場、街頭、地域などを通じて、二重、三重にあるからです。
 以上の理由で、本堂内には「熊本地震支援金箱」を置きません。心ある方は、他のルートでその思いを被災地に届けてください。 


  【三条教区 災害対策委員会の報告】

 昨日の災害対策委員会(教区参事会…僧侶、常任委員会・・・門徒)の結果、教区の災害対策費から熊本教区へ300万円、日豊教区へ100万円の緊急支援を行うことに決定しました。

 この支援金とは別に、各寺院を通しての支援金を募ることになりました。とりあえず6月末をひとつの区切りとします。
 九州の2つの教区からは、中越地震、三条水害、中越沖地震の際に、多額の支援金をいただいております。




  前住職 17回忌、前坊守 7回忌を勤めさせていただきました (2016年4月3日 門徒)

        親子3人で出仕     出席者は88名。 農繁期でご多忙のところありがとうございました。
       全員で正信偈
         住職の挨拶    小林 大 責任役員の挨拶           おときです
 左から 金子・小日向 責任役員    丸山・小林・小林 責任役員
   皆さん、今日はどうしたんですか、 ビールが2ケース以上余りましたよ。     お供物 「薄小倉」の味見を
   こちらは、日をあらためてご親戚の法事です  (4月6日)
 猫4姉妹は、今日だけはお内陣を
 駆け回らずに、おとなしくしていました




札幌郊外の「豊平峡谷(ほうへいきょう) 温泉」に入ってきました。  仕事の合間です   2016年3月10日

  札幌市郊外、車で1時間弱の山間に「定山渓(じょうざんけい)温泉」があります。仕事の関係で4時間ほど空き時間があったので、地元の方から勧められたさらにその奥の「豊平峡温泉」に行ってきました。
  有名な「定山渓温泉」を過ぎて数キロ、宿泊施設のない温泉がありました。道路上にはまだ雪があって、気温0℃と比較的「暖かい日」でした。 防寒具を持たず、革靴にスーツ姿の入浴客(しかも人相が悪い客)は、いかにも異様な客に見えたことでしょう。
 でも大丈夫。この温泉は、背中に「絵」が彫ってあっても入浴できる心の広い温泉です。実際、背中に見事な「帝釈天?」の絵を背負った若者が入っていました。
 この温泉は、100%源泉かけ流し。 室内の大小3つの浴槽の湯温度は42℃。 足を踏み入れてビックリしたのは、湯船からあふれ出た湯の成分が、長い年月で洗い場にウロコ状の棚田を形成していたことです。 鍾乳洞の石灰分を含んだ水が流れるところにある「リムストーン(畦石)と リムストーンプール(畦石池)」ですね。 歩くと足の裏が痛いほどでした。(健康にいいかも・・・) 湯ぶねの縁も厚々と覆われていました。
 露天風呂も広かったのですが、地元ではない者は、お湯の注ぎ口付近から離れられませんでした。内湯、露天風呂とも男女別で、日によって入れ替えがあるようです。 
 入浴の後、食堂でお昼ご飯。 10割そばも美味しいそうですが、紹介してくれた方のオススメは、「カリー と ナン」です。カリーの種類はかなり多く、前のオバ…、いえご婦人方が注文したのと同じものにしました。(間違いない)
 ナンは、小麦粉(?)の練っていたものを伸ばして、熱してある釜の内側にポンと張り付けるとすぐに出来上がる。ピザの釜を縦にしたものなんですね。以外にイケルと思いつつ、なぜ秘境の温泉地にカリーとナンなのだと思いました。 しかも作っている人がインド人。
 3日間札幌に滞在して、2日目ころから体調不良に陥ってしまい、夜はホテルから出ることができませんでした。楽しみのしていた40年ぶりの 「札幌のラーメン、札幌ビール園、ジンギスカン」は幻と消えてしまいました。 したがって上の3品は写真だけ。
 札幌別院にお参りしてきました。別院と付随する施設、屋内の納骨堂が素晴らしくなり、40年前に1か月間見習いで勤務した隣の北海道教務所も立派になっていました。


           2015年の報恩講が勤まりました (2015年11月17日〜18日)
        法中寺院のご出仕で「正信偈 真四句目下」。  参詣者も一緒に唱和しました。



     1畳大のパネルをつかって『御伝絵』の
     絵解き法話。  (村山教二先生)





       数年前から「松花堂弁当」です。
      これに ご飯とみそ汁、饅頭、みかん。
        『御伝鈔』の拝読 (上)
        『御俗姓』の拝読 (下)
                       「食前のことば」を唱和していただきます
 テーブル一杯に並べて盛り付け作業。1度に36食  ちょっと休憩。 このうち4人が別院報恩講のお手伝いに
             同級生コンビで受付   駐車場と梵鐘の係。  今年は暖かくてよかったですね
 




 三条別院すす払い奉仕団   2015.12

 12月12日13日、役員・同朋会の有志の皆さんと、恒例のすす払い奉仕に行ってまいりました。(新飯田から6名)
 1日目は、村山教二先生(巻)の講義と夜の楽しい懇親会。翌日は、本堂内陣、参詣の間、後堂、仮御堂、書院の順に、はたきがけ、掃除機、畳の空拭き、廊下の雑巾がけをしました。

 教区会議長が率いる30名の奉仕団、教区門徒会長が加わる「別院有志の会」の皆さん。ご輪番はじめ別院職員6名。        
 三条教区の重鎮が出そろったのが影響したのか、初めて教務所職員7名も休日出勤で加わりました。そういえば「おみがき」にも参加していました。よいことですね。

 暖かい日、しかも多人数だったので予定より1時間も早く終了し、翌年の再開を約束してお別れしました。お疲れさまでした。


 新役員のご紹介      2015.11
                  
  代表役員・住職 塚本智光 (任期なし)

  責任役員 丸山信雄  (古町) 再    責任役員 小林三千夫 (舘)    再
  責任役員 小林  大  (砂原) 再    責任役員 金子  勝  (砂原)   再
  責任役員 小日向敏則(下中) 再

  総 代  小林一司 (横町)   新     総 代   佐藤十六子 (中町)  新
  総 代  金子春夫 (下町甲) 元     総 代  枝村  秀 (下町乙)  元
  総 代  古沢正雄 (新町)   新      総 代  松井亮二  (砂原)   新
  総 代  小林武司  ( 舘 )   新      総 代  大野太作栄 (上中)   新
  総 代  石原靖之 (下中)   元      総 代  小野塚  透 (潟浦)  新
  総 代  金子  功 (次新)   新      総 代  宮本秀喜    (道潟)  新

  監 査  塩原  清 (吉上)   新     監 査  金子  隆  (古町)   新

                            (2015年3月就任 任期3年)

  ご紹介が遅れました。よろしくお願いいたします。 
















雪囲いと 仏器のおみがき
   2015.10

 10月最終日曜日、ぽかぽか陽気の中、役員の皆さんから雪囲いの設置と、お仏器のお磨きをしていただきました。約半数が経験者だったので、中と外の作業を半数に分けたら、以外に早く、ほぼ同時に作業が終わりました。ありがとうございました。




(^_^;)
 ウインドゥズ 10      2015.9
                  
  無償でアップグレードの案内がありました。長男に相談すると、必ず不具合があるので、それらが修正されてからでも遅くはない、とのこと。
 でも、バックアップをとり、前のバージョンに復元できるようにしてからアップグレードしました。(歳をとると待ちきれないもので・・・)

 一番の問題だった、@会計ソフトA住所録ソフトBホームページソフトC新聞編集ソフトが問題なく動くことを確認しました。

 ウインドウズ7とどこが違うか? 残念ながら「違いが分らない」素人ですから。
 


 

    (^_^)v
 クリーンディーゼル   2015.9

 20万q以上乗ったガソリン車から乗り換えて5ヵ月になります。ご近所には同時期にもう2台。抜群強いトルクと意外な静粛性。燃費だけではない、乗っていて楽しい車とはこの車のことですね。

 ちなみに燃費は、1q以内の村道でリッター15q、5q以上の県道、国道では19q、高速道路は22qです。先日、石川県からの帰りに、大型トラックの後ろについてのんびりと帰ってきたら、燃費はなんと27qでした。
   (今月、軽油を97円で入れてます)


 御遠忌の仏華  2015.5
                  
 一般の華道では「立花」といいますが、元は一緒でも実際に仏前に供えますから当派では「仏華」といいます。

 阿弥陀さまの仏華を横から写しました。「立花」と違って、「仏華」は、お内陣に座ると、横や、ななめ後ろからも見えますから、どこから見ても立体的、床から3m50p以上はあるでしょう、圧倒されます。

 教区内の50歳代の住職5人と、今回特別にお招きした仏華の先生とで立てたそうです。 
毎朝6時前から、痛んだ花の取り換えや、水を差して手入れをされていました。
 


 
 「安保法案」の即時撤回を 
           2015.7.23


 真宗大谷派(東本願寺)は、宗務総長名をもって、「安全保障関連法案」に対して即時撤回を求める宗派声明を発表しました。
 今までに、5月21日、6月9日、6月19日(英語で海外への声明発信)、7月15日の4回発表されています。
『同朋新聞7月号』と、たぶん8月号にも掲載されると思いますが、下記のホームページからも読むことができます。 

      http://www.higashihonganji.or.jp/news/important-info/12064/

      http://www.higashihonganji.or.jp/news/declaration/10924/


 本堂入口に警報機を設置しました  2015.5
                   夜間のみ作動

 先月、同じ法中の寺に深夜賽銭泥棒が侵入し、住職が大けがをしました。
日本家屋は入ろうと思えばどこからでも侵入可能ですが、深夜のけたたましい警報音は少しは効果があるかもしれません。もし警報を切り忘れていたらごめんなさい。


 
 本堂の階段に手すりを設置 
           2014.11.3



  本堂改築以来、30年近くご不便をおかけしました。
 遅まきながら本堂入口の階段2ヵ所に手すりを設置いたしました。(12月19日)


 三条別院すす払い奉仕団 
             2014.12.13〜14


   12月13〜14日、役員と同朋会の有志の皆さんと、恒例のすす払い奉仕に行ってまいりました。

 1日目は、村山教二先生(巻)からご講義をいただき、参加者の要望で来年もおいでいただくことになったようです。

 別院は、昨年からの改築工事が終わって、初めてのすす払いでした。どこもピカピカで以前のように綿ぼこりが舞うようなことはありませんでしたが、報恩講でたくさんの人が出入りした畳や廊下の汚れを拭き取ってさっぱりとしました。

 前夜からの寒波と大雪で、いつもと違って厳しいご奉仕となりました。ご苦労様でした。


     
 
 三条別院 還座式 (げんざしき)
                   
2014.11.3


  三条教区の『親鸞聖人750回御遠忌」』(来年5月)
にむけて、本堂、内陣、仮本堂、書院などの大改修が10月末に終わりました。
 11月3日、ご本尊を仮御堂から移す『還座式』に出仕し、あゆみの会の皆さんも参拝されました。

 昨年、ご本尊を仮御堂に移す『動座式』にも出席しました。こんなことは生涯に一度だけだと思います。まさしく「一期一会」です。
 5日から8日まで報恩講(お取り越し)が勤まりました。還座式を含めて、全11座お内陣に出仕をしました。最終日の結願日中は1時間40分でした。(足が・・・)


 ハクビシン 撃退作戦   2014.9

  お盆前、坊守が中庭から本堂内をうかがっているタヌキを見ました。他人が寺でにタヌキを見たというのは、たいてい太った我が家の猫なのであるが、坊守が家の猫をタヌキと見間違えるはずはない。しかも顔の真ん中が白かったというから、まさしくハクビシンです。
 さらにお盆13日の夜、本堂の天井をにぎやかに走る足音を長男が聞きました。さあ大変。その侵入経路を探したが見つかりません。2週間後、中庭の戸袋の角に、登りついた鋭い爪痕を発見しました。
 ハクビシンは木登りが得意だそうです。タヌキも木に登りますが、決定的に違うのはハクビシンは細い枝先にまで行けたり、電線上を移動するらしいということです。きっと手のつくりが違うのでしょう。
 早速、五寸釘を上下二段に打ち込んだ板と、頂上にポリカ波板を大きくせり出して設置しました。何とか逆茂木と突破しても爪の効かない忍び返しで撃退という寸法です。
 以来、釘の先にクモが糸が張って、侵入の形跡はありません。


 Sanjo network 三条教区各組情報交換処 の開設  2014.9

 「いろいろ案内を送ってもらうけど、寺が遠すぎて行けない… 」
そんな方のために、有志によりSanjo network(三条ネットワーク)を立ち上げます。
 三条教区(柏崎市から北、村上市、佐渡市までの439ヵ寺)の寺院情報、地図をはじめ、16組の寺院グループの研修会、講座等の日程を公開し、所属寺でなくとも最寄りの会場に参加できるようにするためです。
 将来的に、真宗門徒にとって一番大切な「報恩講」日程も掲載して、案内がなくても、お近くの真宗寺院へのお参りをお勧めしたいと思います。どの寺でも100%歓迎されるはずです。

 http://www.winpal.net/~341-2/   9月末に開設。 一部を試験公開中です。


 お座敷が
イス・テーブル席に

     2014.6.27

 住職も60歳を過ぎて、ようやく人の痛みが分かる年代になったようです。5月下旬から右ヒザと左肩が痛んでたまりません。  
 折よく、あるご縁で加茂市の業者に特価・特注サイズのイス・テーブルを注文し、お座敷に揃えました。
 ちょうど納入2日後に「お斎」があって好評でした。

 亡き人をご縁として仏法を聴聞したよろこびを確認し、家族親戚の親睦を深めるためのお斎ですから、コの字型の配置より向き合ってお互いにビールが注ぎあえる対面型配置です。ゆったり18席です。
 4面窓から庭が見えるお座敷をどうぞご利用ください。


 猫ちぐら   2014.4

 旅行で民芸品売り場でときどき見かける「猫ちぐら」。買ってあげたいのはやまやまですが、値段が1万円以上となると躊躇します。

 先日、段ボール箱に入って、気持ちよさそうに寝ている猫を見つけました。カーペットで寝ていると尻尾を踏まれてたり、イスで寝ているとお尻の下になって「ギャッ」で、なかなか落ち着ける場所がなかったのかな?
 
 本物の「猫ちぐら」は買ってやれなかったけど、代わりに段ボール箱を二つ重ねて作ってあげました。目のところを押して出入りします。気に入っているようです。


 
当院結婚のご報告        2014.3.11

 すでにご案内のとおり、長男・智秀(30歳)が3月29日に結婚することになりました。
 京都から東京へ、そして再び京都で学び、ようやく寺に帰ってくれます。若いうちに好きなことをすればいいと、本人の望むままにさせてきました。
 私(住職)もそうでしたが、自分の意志で寺に入るということは大事なことです。
 そのきっかけとなったのが、新婦の麻美(まみ)さんではないかと感謝しています。
 麻美さんは、茨城県つくば市出身の看護師で、現在一時退職し、神戸の看護大学に編入学して1年目です。まことに残念ですがもう1年は別居生活・遠距離結婚ということになります。
 何でも、富士登山で知り合ったとか? それは本人たちに聞いてください。

 子どもは男の子だけだったので、代わりにメス猫3匹を可愛がってきました。
これからの生活にワクワクしています。 若い二人をよろしくお育て願います。

 ※ 【当院】とは、当(まさ)に院主(住職)になるべき者という、蒲原地方特有の名称です。


     ?
 (写真撮影は禁止でした)
 帰敬式を見守って   2013.12

 帰敬式(ききょうしき・おかみそり ともいいます)を37名の方々が受式される場に立ち会い、その厳粛な様子を見守りました。
 私は中学2年生の時に僧侶になる「得度」を受式しました。法名をいただいて仏弟子になる儀式ですから基本的に同じことです。

 ただ、私はまったくの無自覚であったし、37名の皆さんはご自分の意志であった点が違いました。後ろで見ていて感動して思わず涙が出ました。可能であればこの御影堂で、自らの意志でもう一度帰敬式を受けたいものだと思いました。


 本願寺の紅葉   京都の超穴場   2013.12

 京都の紅葉を訪ねる観光シーズンがとっくに終わってしまった12月6日から3日間、東本願寺の同朋会館での研修会に参加しました。
 ここが稼ぎ時と、夜までライトアップして観光客を呼び込む「観光寺院」は、北方か山の中腹にあるので11月下旬がピークです。ところが京都駅前の東本願寺はまだまだ盛りでした。

 本願寺の紅葉といえば、境内の銀杏の黄色のイメージですが、阿弥陀堂裏と同朋会館北側の紅葉は、ここに宿泊する方たちにしか見ることができません。
 同朋会館の1階から2階、2階から3階の階段の踊り場の大きな窓枠いっぱいに見える紅葉は、絵画のようであり、そこを通る者誰もが立ち止まってため息を漏らすほどに、それはそれは見事なものでした。
 これが他宗派の寺院であったなら、たちまちに駅前の絶景地として観光客を誘致して大もうけすることでしょう。ところが本願寺は観光寺院ではなく、聞法道場です。

 研修に来られたご門徒さんを歓迎するように真紅に色づいていました。



  東日本大震災 ワンコイン チャリティーコンサート

 上記の研修会で、上山者のお世話や座談会の司会をしてくれたすてきな青年(補導の石田悠晃さん)と出会いました。明るくさわやか、一人ひとりの話をよく聞き、時にはともに涙し、誰でも話しやすい雰囲気をつくってくれました。
 讃歌の練習でも、たちまちにみんなの心を引き込んで、出だしのワンフレーズだけ歌っただけでも「ただ者ではない」と思わせる歌声で、やはり、一時音楽活動していたプロでした。
 三条別院の報恩講で音楽法要の指揮をした音大出身の白鳥さん(帯織・本龍寺坊守)とたちまち意気投合して、チャリティーコンサートが企画されました。 2人とも岩手県出身です。別に大阪からギタリストも加わる予定です。

予定では、2月11日(火・建国記念日)・・・決定です!
       会場 三条市矢田 光善寺ホール
       入場 5〇〇円 プラス お賽銭

 Phew Phew Live  1998年から2001年解散まで所属。
                   You Tube でライブの様子が見れます。テナー担当です。

 【3☆COLORS】     ← 2002年〜2008年まで所属

 【石田悠晃さんプロフィール男性7声アカペラヴォーカルバンド。神戸を拠点に日本全国で活動を行い、2001年大阪難波マザーホールライブにて解散。


2013.11.8  三条別院 阿弥陀如来 動座式



  11月5日〜8日、三条別院報恩講が勤められ、最終8日の午後に本尊・阿弥陀如来が同朋会館2階の仮本堂に移される「動座式」が厳修されました。
 再来年5月に「三条教区・三条別院 親鸞聖人750回御遠忌」が勤められることを契機に、本堂、お内陣、御殿、書院などの大改修が行われるためです。
 数100人が合掌してお見送りする中を、雅楽を奏でる楽人を先頭に、輿(こし)に乗せられ移されました。この様子は堂内の大型スクリーンで、最後まで見ることができました。
 来年完成し、別院報恩講前には、阿弥陀如来が元に戻される「還座式」(げんざしき)が執り行われます。



 

前住職と前坊守の
       本廟収骨


   2013.10.6

 10月6日、前住職と前坊守の遺骨を『本廟収骨』として本願寺に収めてまいりました。
 
京都滞在時間、7時間半の日帰りでしたが、あれこれと他の用も足して有意義なひとときでした。ラフな格好になって記念写真です。

 家族の人数が合わない?  いずれわかります。



 体育館だけが残っている
 『東京新飯田会』 からメール   2013.9

 東京方面の新飯田出身者は200人近くいらっしゃるのではないかと思います。その有志で『東京新飯田会』が結成されてから10年以上(?)になったでしょうか。
 先日、会の役員をしている小林さんからメールが届きました。「9月28日の会で、小中学校の校歌と応援歌を歌いたいので、歌詞を送って欲しい」と。
 さあ大変。校歌は簡単に調べることができましたが、11年前に閉校した中学校の応援歌は「第一応援歌」(3番まで)、「第二応援歌」(4番)、「勝利の歌」(4番)と、たくさんあるのです。
 こういう懐かしいものをキチンと保管されている石黒先輩に尋ねたら「もちろん、あるよ」ということで、無事歌詞を送ることがっできました。
 会場も会員のお店で、今月の東京新飯田会は盛り上がることでしょう。まだ入会されていない東京近郊の皆さま、是非お仲間に。      【校歌と応援歌はこちらに



 お子さん用メニューも
  あります

 本堂でご法事、座敷でおとき   2012.11

   あげほうじ         あげどき
 「上法事」または「上斎」といいます。ふつうのご法事と違う点は、会場がどちらも寺であるということです。

 本堂とお墓のお花、お供え、ろうそく、線香は、寺から、または直接電話すれば山内葬祭から寺に届けられます。 
  【「等運寺セット」と言ってください・
9000 円
 おときは、月潟・久元の松花堂弁当です。その場で食べきれる量で
3000 円程度が普通です。【写真】
 飲み物は、酒屋さんに配達してもらうか持ち込みで。残ったらお持ち帰りください(コップ、銚子などはお貸しします)

 本堂・座敷の使用料はもちろん無料ですが、おときの準備とかたづけ、お燗などのお給仕に、お手伝いを寺の方で依頼します。出席者10人以上は2人。その方への「お礼」はご負担ください。【
1人 4000 円


 このごろ留守ばかり   2013.3

 坊守が、実家の石川県の寺の住職代務者をしている関係で、ふだん寺が留守がちになっています。

@ご来院の場合は玄関先のメモ用紙に、
Aお電話は留守電に伝言を、
Bメール(I−mode)は、寺報の上段にアドレスがあります。

来春には長男が帰ってくれるはずなのですが…。


 住職からのラブレターが届くかも…             2012.11

寺報のご案内とは別に、封書が郵送される方がいらっしゃいます。ぜひとも報恩講においでいただきたいという、住職の願いのかけられた方々です。
 でも封書が届かなかったからといって、決して願いから除かれているわけではありません。(そのうち届きます)
 昨年は、常連の方を除いて、
  @本山・別院の報恩講にお参りされた方。
  A帰敬式を受けられている方。
  B寺報のインタビューを受けられた方。
  C8月に新盆を迎えられた方々。
  D寺の両隣の方。
に、文面を変えてご案内し、そのうち3割ほどの方の、初めての報恩講参拝がありました。本当に尊いご縁でした。
  今年は、前年に加えて、寺から半径100m以内の方に、個人名で封書が届きます。

 ご案内状とともに、「初めての報恩講 QあんどA」というパンフを同封いたします。それは、きっかけがない上に、服装や、持ち物、どこから入ればいいのかさえわからないから、恥をかきたくないという思いがブレーキとなっていることがわかったからです。

 春秋の彼岸会、法中講、盆参会は、お参りしなくてもいいとも書きました。その代わり、報恩講だけはと。 力不足で申し訳ありませんが、葬儀も法事も、法話が大切です。真宗教団も、報恩講を勤め聞法することによって、いのちの新発見があると思います。


 どこでも ドア   2012.11

  茶の間にお客さまがおいでになると、必ず「ご挨拶しなきゃ」と、ガラス戸をカリカリ引っ掻く『お客さま大好き猫』のために、猫ドアを2ヵ所に設置しました。
 でも、坊守の留守中、設置のためにフスマに穴をあけてしまったことについては、猫はきつく叱られておりました。


  (2013年、坊守の留守をねらって、もう一カ所増設!)


 
 新飯田上空を オスプレー が飛来  
2012.11

  10月29日、午後8時の月夜に、西から東方向に飛んでいくのを坊守が目撃しました。 
 「インベーダーゲームみたいな形だったから、間違いない」と。  インベーダーとは…、一瞬呆れましたが、妙に納得です。

              (写真はその時のものではありません)


 女性だけの助音 2年目   2012.11

 11月5日から8日まで、信明院ご連枝のご参修を得て、三条別院の報恩講が勤まりました。
 今年、おそらく全国でも珍しい女性だけの「助音」で音楽法要を勤めました。1ヵ月以上前から、柏崎、長岡、新潟の坊守と寺の娘さんたちが集まって練習し、その成果を披露しました。

 2年目の今年は、昨年の倍の26名。等運寺の坊守、住職の姉(柏崎市光徳寺)、いとこの坊守(長岡市浄照寺)も出仕しました。
 合唱団とともに勤められた(歌った)「和訳回向曲」には感動しました。


 
 三条教区 親鸞聖人750回御遠忌の概要が決まりました    
2012.9

  本山においての御遠忌が終わりましたが、これから全国の教区・別院、組または末寺において750回御遠忌の計画がなされ、勤まります。
 当三条教区は、7月の教区会、教区門徒会において、3年後の2015年5月下旬に御遠忌をお勤めすることに決定いたしました。

 それまでに別院本堂やお内陣などを修復しなければなりませんが、教区内のご門徒衆で分担すれば、年間 1,500円前後(3ヵ年)の金額でまかなうことができます。
 来月、等運寺役員会の承認をいただいてから、年末にご依頼させていただきますので、あらかじめご理解くださいますようお願いいたします。

 御遠忌の内容については、各種の小委員会が設置され、その中で検討されることになっています。
 三条教区の御遠忌ニュースは、その都度『報恩』、またはホームページでお知らせいたします。


 
 お庫裏(住宅)の台所 7坪半の修理をしています 
2012.9

  現代風にいえば、ダイニングキッチンというんでしょうか、ほとんどこの部屋で生活しています。床下の湿気対策と床板張り替え(お庫裏本体の8割以上は昨年末に終わっています)、特に台所の天井は雨漏りの痕跡がひどく、これも張り替えです。

 ところが、天井を取り除いたら、立派な梁が出てきました。これを見た友人3人が、もったいないから天井を上げて梁を出せと言います。1人は等運寺の役員、もう1人は三条市内の寺の役員です。       
 というわけで、低い天井が、開放感のある高い三角天井(下屋部分なので)になりました。今日から壁塗り作業です(さて、この人は?) 


  坊守の故郷が一時孤立       2012.3

 
 2月26日、石川県津幡町の県道が、大量の雪解け水のため幅100mにわたって土砂崩れを起こし、当寺坊守の実家を含む17世帯が一時孤立状態となりました。
 電気、水道、電話が不通。さらに携帯電話も使用不能で、衛星電話だけが頼りということでした。このひと月間に、住職と坊守が十数回通った道です(危なかったな〜)
 よせと言ったのに、坊守は「とにかく行ってくる!」と、長靴はいて車で出かけていきました。急きょ除雪した林道を、通常の五倍も遠回りして帰り着いたということでした。(女性というものは、なんとムチャ、いや親思いなんですね)
 数日間、ヘリコプターが飛び交っていたものの、すべて取材と視察用のヘリで、着陸して援助物資などの支給はなかったそうです。(案外冷たい…)
 今は、電気などが回復したものの、県道の復旧には数か月かかるとのこと。
 


 
 お庫裏の廊下と床下の修繕中          
2011.12

  築35年のお庫裏の廊下板が傷んできました。
 当時流行った合板が湿気で軟弱になり、これまでに床下から3回修理しましたが、これ以上は修理不可能となりました。

 廊下板を剥いで、茶の間の床下を点検したら、これも限界状態。結局、50坪ほどの湿気対策と、床板、束、垂木、モグリの交換をしています。 

 来年、気候のよい時期に、ダイニングキッチンの床と天井を修繕してもらいます。
            (特別会計から支出します)


  三条別院報恩講に女性だけの「助音」が初出仕       2011年11月

 11月5日から8日まで、信明院ご連枝のご参修を得て、三条別院の報恩講が勤まりました。
 5日には、等運寺から16名が参拝し、音楽法要、法話、雅楽を交えた法要にあい、おいしい「おとき」もいただいてきました。
 今年、おそらく全国でも珍しい女性だけの「助音」で音楽法要を勤めました。 出番は、登高座伽陀と下高座伽陀の2回だったものの、1ヵ月以上前から、柏崎、長岡、新潟の坊守と寺の娘さんが集まって練習し、その成果を披露しました。
 全員で13名。等運寺の坊守(祐紀恵)と住職の姉・令子(柏崎市、光徳寺坊守)も出仕しました。

 (坊守は後ろ向き黒装束の右端、姉は同6人目。  お内陣の右端は、新任の鷲尾幸雄輪番、住職はそのとなりに)

 

   助 音( じょいん) : 外陣で声明の中心的役割をする専門職 ・・・・ でいいのかな?


  雪囲いと おみがき奉仕       2011年10月

10月31日、等運寺役員によって、恒例の雪囲いの組み立て作業をしていただきました。ニューヨークで季節外れの雪が降ったとか、これでいつ降っても大丈夫です。

 同時に、仏具の「おみがき」を、いつものボランテイアの皆さん方からしていただきました。雪囲い作業の方が早く終わったので、役員全員がおみがきのお手伝い。「こんなにきれいになるとは…」と、感動の声があがりました。初めての経験という方がほとんどでしたね。
この手順とコツを活かして、今度はご自宅の仏具にチャレンジしてください。


 


  梅雨の終わりを告げる集中豪雨        2011年7月

 
7月5日午前10時頃、燕市、三条市、旧白根市の一帯で、すさまじい暴風、大雨、雷、雹(ひょう)がありました。ほんの30分ほどでしたが、一時は道路が「川状態」で、床下浸水もありました。当日は、新飯田の市日で、トマトやキャベツが道路上を流れていったとか、活きのいいイカが泳いで逃げた(?)とか、とにかく大混乱でした。
 一旦、寺に帰ると消防団の皆さんが、冠水した庭の水をポンプ2台で外に放水してくれていました【写真】。ありがとうございました。(私も一応OBです)

 某テレビ局がカメラを持って取材中でした。若い女性記者が、
「こちらの住職さんですか。雨の様子をカメラの前でお願いします」
「ここの住職ではないんです」
とお断りしました。ウソを言ってすみません。燕のお寺の行事があって、とても急いでいたもんですから…
 



旧新飯中学校田体育館が使用禁止
小学校のアスレチックが取り壊しに
    
2011年4月
      ガッカリ!


 
2011年4月下旬、新飯田小学校前を通ると、重機がアスレチックックを壊しはじめていました。
 17、8年前に、小日向敏則さん設計、総指揮のもとに、有志30名ほどでつくりあげたものです。
 PTA管理で責任のもてないものは撤去せよという論理のようです。

 
2ヵ月ほど遅れて、新飯田保育所のアスレチックも「使用禁止」のロープが張られました。これも、
小学校と同じメンバーが作ったもので、まだ壊れたところは見当たらず、使えそうなのですが。

  
同じ論理で、フットサル、バスケなどで地元の人たちが利用していた旧中学校の体育館も、耐震強度不足で使用禁止、撤去とか。それはもともと行政の責任ではないの ?


 
 朱鷺 情報          
2010.9

  先月、昼ごはんは何かなと考えながら、新飯田の堤防を車で走っていたら、上空30mを 1羽の白鷺が悠然と横切りました。
車の天井に隠れてから「あっ、違う」と思いました。
 一瞬うちに、@今の鳥は単独行動、A飛んでいるときに首が曲がっていない、B白鷺より大きい、C頭の部分が赤色。「朱鷺だ」と思って、携帯のカメラをセットする前に、はるかかなたに飛んで行ってしまいました(でも、感激)。佐渡の朱鷺センター以外で、初めてその雄姿を見ました。(雌姿かな?)
 お盆にお参りしたお宅で、「ドジョウを少しもらってくれませんか?」といわれました。もちろん食用に。見れば、大量のドジョウがバケツの中で泳ぎ回っています。新飯田地内の用水で捕ったとのことでした。(遠慮しました)
一時、いなくなったドジョウが増えて、朱鷺の生きる環境が少しずつ整っているんですね。
  (写真は、本文と違う朱鷺です)


 
 保育園児と 楽しいひととき          
2010.3

 どういうご縁か、新飯田保育園からご招待を受けて、楽しいひとときを過ごしてきました。 給食で食べる栄養学のお勉強、お歌の披露、そして一緒に給食をいただきながらお話ししました。
 お話の途中、「おじさんはね…」と言うと、顔を見て「違う!」とキッパリ。あわてて「おじいちゃんはね」と言い直すと、ニッコリして会話が続きます。子どもは正直でした。


 
 今年も白鳥が飛来          
2010.3

 近くの田んぼに白鳥が飛来してました。珍しいことではありません。 他に、子どもの頃、決して見ることがなかった白鷺、青鷺、タヌキ、キジが、当たり前のように闊歩してます。
 いつか、朱鷺がこのように間近に見ることができるように…。



 新しい梵鐘の鋳込の見学報告      2010.1.12

  (ご報告は、別の頁にあります)


 
 本堂が床暖房に          
2009.12

 …とはいっても、3畳のホットカーペット4枚を敷いただけです。
 大型ストーブがあっても、暖かいのはその周りの数人だけ、しかも足元は冷え冷えとしていました。
 報恩講に間に合いました。たとえストーブから遠くても、「ホットカーペットの上の暖かさは格別でした」と、お参りの方のご感想でした。

 (2013年、好評につき もう2枚追加しました)


 
 梵鐘が割れてしまいました          
2009.11

結論を先に申しあげます。
  1、梵鐘が割れました。 
  2、新たに購入します。
  3、寄付は募りません
 昭和17年、戦争のため梵鐘を供出させられ、空になっていた鐘楼堂に、25年10月、全門徒の皆さまからのご懇志によって寄進されました。
 以来、行事、除夜の鐘、毎朝六時(最近は秒まで正確に)撞いてきました。 昨年の暮れから音がおかしいのに気付きました。ひび割れが生じ始めていたのです。今では、内側から見ると縦に3カ所ひび割れています。
 10月12日に定例の役員会(21名)を開催し、全会一致で新たに梵鐘を購入することになりました。 2010年3月末に納入予定です。



 「おとき」の食器が変わりました       2009.11

 8月の盆参会から、食器が『松華堂弁当』に変わりました(ご飯とみそ汁は従来どおり)。松花堂昭乗が考案したという弁当箱から、この名がついています。
 実際に、お勝手を担当してくださっている方の意見を聞いて注文しました。同時に五角形の箸も新調しました。転がらないからです。
 しょっぱなから100人分を超えるおときで大変でしたが、ワイワイ言いながらの盛りつけは、大いに楽しみました。
 近年、手作りのおときが少数派になりました。でも、お手伝いの皆さんのおかげで、心のこもったおときをいただくことが出来ます。



 墓地管理費等のつかい方         2009.9

 年末のご依頼金に、墓地管理費(地区内は8月)と、等運寺維持費の項目があります。
 住職と坊守が、多忙であったり、体調が思わしくないため、境内と墓地の掃除を、週5時間程度。本堂と庫裏の掃除を週2回、地元の方にお願いし、その経費をつかわせてもらっています。
 時間超過などいとわずにいつも好意的にしてくださってありがたく思っています。 境内・墓地に除草剤を撒いたり、樹木の剪定は、なるべく住職がしていますが、これは「当然、住職給与に含まれる」(坊守)そうです。



 墓地をきれいに         2009.8

 申し訳ありませんが、近年、墓地にゴミ箱を置いてありません。
 お墓参りの際の、新聞紙、ビニール袋などのゴミは、お持ち帰りくださいますよう、ご協力をお願いいたします。
 また、お花の水を入れるために、ペットボトル、ガラス瓶を、お持ちになることはご遠慮ください。
 分別処理が大変です。お花は、水があるためにドロドロに溶け悪臭を放ちます。



 駐車場の「縁石」が お邪魔ですか?    2009.9

 駐車場ができたのはいいのですが、道路との境目の「縁石ブロック」に、ときどきタイヤをぶつける方がいらっしゃいます。お気をつけください。
 縁石を置かずに、オープンにしたかったのですが、それでは新潟市の許可がおりませんでした。
 前の新飯田保育園の行事、送迎時に自由につかってくださいと、園長さんに伝えてありますから、遠慮なく駐車してください。
 お盆や、等運寺を会場とした研修会など、特に込み合うときは、こっそりと取り除いています。(これが結構重いんです)