どーでも いい話 で す・・・

エチケット】           2018.5
 
 昨秋から今春にかけ5回、山形に行った。本堂で50人ほどの参加者と8人のスタッフ。本堂内は「禁煙」の張り紙がある。今は全国ほとんどの本堂がそうなっているようだ。

 恥ずかしながら一応「講師」ということで10畳の客間が用意されていた。会場にあたっているご住職が挨拶に来られ、「1本いいですか?」とおっしゃる。そこのご住職ですから「どうぞ」と。

 ところが、襖をちょっと開いたスタッフが「ここならいいぞ。ちょいと失礼」と言ってご入室。そして一服。次から次へとスタッフが全員入ってきて、1人が2、3本吸って部屋の中は大変なことになってしまった。

 今年から我が法中寺院12ヵ寺は、とうとう喫煙者ゼロとなったのに、山形は相当な喫煙率…、失礼、高額納税者ばかりだった。

 4月に京都の小料理屋でご接待いただいた。そこのホタルイカづくしはなかなかのものだ。ところがビールで乾杯のすぐ後に、7人の小部屋に4つの灰皿が持ち込まれた。嫌な予感がした通り、さっそく他の6人がタバコを吸い始めた。それも「吸っていいですか?」の一言もなく。

 殊に国際関係の仕事をしている人たちだったので、いささか幻滅してしまった。

大仏さま】           2017.12
 
 【初級】
 「奈良の大仏とその大仏殿と、どちらが背が高いか?」「大仏殿の中に大仏がいらっしゃるのだから、当然大仏殿のほうが背が高い」「違う、大仏さまが立ち上がれば、大仏さまの方がずっと背が高いのだ」。

【中級】
 「大仏殿との背比べに勝った奈良の大仏さまが、今度は紀州のクジラと背比べをした。どちらが背が高かったか?」「大仏さまが立ち上がったのだから、さすがのクジラもかなわないだろう」「いや、カネ(曲尺)とクジラ(鯨尺)の背比べだから、クジラの方が背が高かった」。

【中高級】
 鎌倉高徳院の大仏の裏に、
『鎌倉や 御仏なれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな』
 という与謝野晶子の歌碑がある。
この大仏は「阿弥陀如来」であって「お釈迦さま」ではない。まして男でも女でもない「はたらき」であるから「美男」という言葉は間違い。美しい観音菩薩や弥勒菩薩に見とれて、「あんなお嫁さんが欲しいな」これも思い違いです。


※ 曲尺(かねじゃく)の1尺は30.3p  鯨尺(くじらじゃく)の1尺は約 37.8p


新潟弁】           2017.11
 
 新飯田の生活センターで保健会主催の落語会があった。
 現役警察官時代に、社会人落語で全国優勝したこともあるセミプロの噺に大いに笑った。その中の新潟弁小話を少し…。

 切れない鎌で草取りをしているバアちゃんに、母ちゃんが言った。
「バアちゃん、ハカいくかね?」
「イヤー、だめらー」
「そんなら無理してしねばいいこて」。

 それを聞いた東京人がビックリ。なるほど
「バアちゃん、墓行くか」
「ダメ」
「そんなら無理して死ねばいい」なのだから。

 「その公園に何がありますか?」「はい、シカもあります」。後で「鹿なんかいなかったじゃないか」の苦情があった。
「ナジらー」「はい、3時です」。

 以下番外編、
化学の実験で、新潟出身の先生が言った「ナラ、初めに薬品のニー(臭い)かけ」「?」「何してんだ、早よニーかけてば」「学生は一斉にノートに2を書いた」。
 「嫁いだうちの娘はどうですか?」「ばかいいね」「そんな馬鹿でもないんですが」。
「よっぱらになったよ」「えっ、お茶で?」

 ※ 解説は省きます。新潟県人に聞いてください。


大記録】                      2017.9
 
 地元の床屋さんの3代目に,
「整髪料金が決まっているけど、ボクの髪の毛は普通の人の5割減だから、料金も5割引きかな?」
「いえ、こんな頭はかえって難しいし、気を使うから、5割増しの料金を頂きたいくらいです」とキッパリ。
「なるほど、じゃあ5割増し料金の5割引きにしといてよ」と素直に引き下がる。

 先月、店が暇そうな曜日を選んで入ったら、中央の席に先客がいらっしゃった。
「すみません、この席にお願いします」。
 中央も左側も同じつくりのイスだから全く構いませんと、左側の席に座る。3代目がお客の年代に合わせて、巧みな会話しながら髪の毛のカットを始める。カットが終わったころに小さな男の子の来店だ。

 この席は斜め前のテレビで好みのアニメを見ながらカットできる特別席だった。
「すみません、右の席に移ってもらえますか」
「ハイハイ」
 右側の席は、パーマの客が使う席で、イスは倒せないけれども、洗髪には支障はない。ここで2代目の奥さんと交代だ。洗髪と天下一品のマッサージが終わったところで中央の席が空いた。
「中央に移ってもらえますか?」
「ハイハイ」
 そこでイスを倒して髭剃りが始まる。ここまでは奥さんの担当。

 そこでふと気づいて聞いた。
「初めて一日で、店の全3席に座ったけど、そんなことってある?」
「ほとんどないと思います」
「今日2人の手にかかったけど、一日で全3席に座って、3人の床屋さん全員が手をかけるってことはあった?」
「それは開業以来ありません」
 それではと、3人目のご主人に耳の掃除だけしてもらって見事大記録達成。


良い客とは】               2017.9
 
 全国的に有名な、北の〇〇ラーメン横丁まで徒歩数分の所に滞在1カ月、その後も同市を訪れたが、食べたのは味噌ラーメン1杯だけ。
 そこでの「良い客」とは、カウンター越しにラーメン自慢する店主に、お昼の料理番組の女子アナさながらに「うまいですねー」とほめなければならないこと。黙々と味わってはいけないのだ。


 一方、京都の有名なラーメン店。ここも徒歩10分のところに10年以上住んでいたが、食べたのは2回だけ。
 店外にお客が並んでいるのが常であるし、しかも、4人掛け極小テーブルは一席も空けない「相席」が常識。
 それは、丸見えの厨房の店員と、狭い店の中で立ち回る3人の従業員が、一様にスキンヘッドに筋肉隆々のマッチョ達で、「この席は私たち3人の席です」と言い出せない雰囲気がある。

 熱いラーメンが運ばれてくると、器におおいかぶさって食べるが、あまりにテーブルが小さいので、見知らぬ隣の人とヒジがぶつかり、前の人が勢いよくススった麺の汁が顔にかかる。それでも平気で食べられないようでは「良い客」とは言えないのだ。


危険運転
 
 忘れ物を取りに帰って何を忘れたのか思い出せなくなったり、車で5kmも走ったところで何のためにどこに向かって走っているのか忘れたりすることが多くなった。

 それは大したことではない。高速道路のパーキングで、女性トイレのかなり奥まで入ったところで入り口を間違ったことに気が付いたり、出口を捜して広い変形駐車場をグルグル回っているうちに「逆走」しそうになったりもした。これは軽犯罪や重大事故になりかねない。

 先日116号線で逆走事故があった。妻はそれ以来「逆走国道」は絶対に通らないようにしたとか。それではまるで3年も前に家の角でヘビを見たからという理由で、絶対にそこを通らないことにした私の母みたいなものではないか。

 2日前、妻から興奮気味に電話があった。「いま高速の北陸道を走っているけど、逆走する車があって、パトカーがすごい勢いで走っていった」。運転中に電話するのも違法で、けっこう危ないと思うけど。


ゆっくり ゆっくり
 
 3週間の間に、266キロの距離を3往復しました。以前は時間がなかったので、高速道を飛ばして3時間ほどで着きましたが、少し余裕ができた今は、一般道で6時間弱かけてゆっくり行きます。

 高速道を使わないと利点がかなりあります。まず高速料金の片道5、750円がいらないこと(燃料代は軽油で1、150円)。
 かなりの区間でバイパスが整備されていて、道路も広く、信号も少ないため時間のわりに疲労感がないこと。好きな落語のCDがよく聞こえること。それに海岸沿いや山の風景の変化に気が付くことができる等々です。

 日頃の生活にも、もう少し気持ちにゆとりを持てば、見るものや感じ方が違ってくるのでしょうが。
   交通量の少なくなった親不知洞門。 ここ最高 ! 


北海道博物館
 
  35年ぶりに札幌を訪れた。歳をとったせいか、特に行きたいところもなし、食べたいものもなし。それでは勿体ないので、札幌中心地から車で40分ほどの「北海道開拓の村」を訪ねた。

 残念ながら、そこは特に見るべきものもなく、落胆したまま帰ろうとしたところ、数百メートル離れた同じ森林公園内の「北海道博物館」を見つけた。

 近代的な建物の真正面にある広い駐車場にドンと乗り付けた。他に1台も停まってないし、白線も引いてないので、縦に停めたらよいのか、横がよいのかわからない。さすが広い北海道と感心して、絵になるように少し斜めに停めた。
 広い館内は、時おり見かける職員の方が多いほどだ。120万年前から5つのテーマに分けての展示物があった。中でも足が止まったのは、十勝地方の海岸の約3500年前から現代まで地層を、薄く縦に切り取った標本だった。

 北海道周辺の海底には3つのプレートがあって、地震の発生しやすい場所といわれている。その標本は、津波によって運ばれた海の砂と、火山灰や土でシマ模様がある。年代を調べると、大きな津波が約400年に1回起きていたことがわかった。だから次の津波がいつ起きてもおかしくない時期を迎えているという。地震や噴火など500年、1000年単位の地球規模の活動は、人間の時間からすれば、ついさっきのことなのだ。

 佳境に入ったところで、駐車違反の館内放送で呼び出されてしまった。そこは駐車場ではなく、広大なエントランスだった。


ディズニー G
 
 「東京ディズニーランド」を模した「奈良ドリームランド」は、規模はそこそこで、混雑もなかったので存分に楽しめたが、東京Dの人気のあおりを受けて10年ほど前に閉園した。

 その東京Dの混雑ぶりには閉口したが、一度行けば親の義務は果たせたものと安心だ。ところが母子で大坂の「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」に行くという。「どうぞどうぞ」。お次は「ディズニー・シー」だ。「えっ、今度はCか。じゃあ、東京がDならば、大坂はBで、ロスの本場がAだな?」。おかしな会話の結果、ようやく理解。

 もっとおかしなことに、普天間飛行場移設を前提とした跡地へ「ディズニー」誘致を、官房長官が協力を約束したことだ。さらに辺野古周辺の3区に振興予算がバラまかれるという。

 昔の「銃とブルドーザー」ではなく、血税による「札束」攻勢と、政府の強権によるG難度の大ワザだ。もし誘致されたら「ディズニーG」とでも名付けたらいい。


猫三昧
  朝のBSプレミアム『岩合光昭の世界ネコ歩きミニ』が食後のデザート、ビタミン剤というか、一日の始まりにあたって心のカンフル剤となっている。
 堅苦しいサラリーマン社会、お役所の中で苦渋を味わっている方には、誰にも媚びず、自由奔放、威風堂々の姿に一種のあこがれをいだいている方も多いかもしれない。

 先日の朝日新聞で、ペット人気のトップだった犬が、数年のうちに猫に逆転される見通しだとあった。犬は、散歩、シャンプー、鳴き声トイレに気をつかわなければならない。一方猫はエサと水だけあればほとんど手間がかからないしトイレも失敗しないから飼いやすいことこの上ない

 私以外の家族がスマホで『ねこあつめ』というゲームにはまっている。勝ち負けもなく、ただ画面の庭に猫のエサと、猫の喜びそうな道具を用意しておくと、いろんな猫が集まってくる。その猫たちをただただ眺めて癒されるというもの。だからゲームではなくアプリというらしい。

 昨年『猫侍』というテレビ番組があった。何もしないでただ寝そべっている白猫・玉之丞の愛くるしい演技が素晴らしかった。その猫は他にも大河ドラマ『龍馬伝』『平清盛』にも出演していたというから、もはや大スターだ。

 和歌山電鉄の駅長を務めた三毛猫「たま」は、駅長就任以来、1年間の経済効果が11億円といわれるが、年俸は1年分のキャットフードだけだった。たまの死後、駅構内の「たま神社」に「県観光招き大明神」として祀られ、更なる観光客誘致に引っ張り出されている。さぞかし「普通の猫」に戻りたい心境だろう。

  ※ 9月と10月に新しい猫(生後3ヵ月と1ヵ月)が入荷して、また4匹となった。
    しかも4匹ともメスときた。


まず道具から
 
 思い立ってもすぐ行動に移らない。頭の中で思案をめぐらし、構想を重ねる。全体像がまとまると、場所の選定と資金繰り、その機材の確保と機具の確認。大事なことは、完成直後だけではなく、その後も使用頻度があって、十分に採算がとれることだ。

 話題の新国立競技場のことではない。単なる日曜大工のこと。大抵は構想6か月、頭の中での設計と資材の確保で3か月、仕事は実質3日間だ。そのたびに「道具」が少しずつ増えていく。よく「道具から入るタイプ」とかいう。その反対語は何か知らないが。とにかく道具がなければ何も始まらないのであるが、この30年ほどで気がついたことがある。

 単に道具であれば何でもいいということではないのだ。近所のジイちゃんが「安物買いの銭失い」と口癖のように言っていた。安いものは、性能は悪いし使い勝手が悪い。おまけにすぐに壊れる。メーカー品じゃないから修理不能。すごいよジイちゃん、あんたの口癖はまさしく真理だよ。なんで30年前に教えてくれなかったんだと思ったけど、きっとジイちゃんの失敗体験からその格言にうなづいたんだな。

 事務仕事で机に向かうのなら、通常の3倍の広い机と多すぎるくらいのコンセント。かなり大きめの本棚と収納。冷暖房を完璧にして、さあ何をしようかというと、とりあえずその部屋で一杯飲んでから…。道具を揃えた満足感で終ってしまっていました。

 お嫁さんが独身時代から使い込んでいたという、料理人が使うような本格的な包丁一本の切れ味を見て、反省ひとしきりです。


仲良し
 
 『正信偈を読んでます』のインタビュー記事が86人目。取材して記事にしてくれる友人の苦労は並大抵なことではない。
 86人以外の方々も含めて、一緒にお勤めしてくれるご夫婦がただいま16組。

 神妙に2人声を合わせて正信偈。 ある日、お勤めの途中で「そこから66頁に飛びますよ」と言って振り向いたら、後ろでご夫婦が肩と膝、それにほっぺをくっつけるようにして1冊の勤行集で読んでいらっしゃった。
 終わった後で3人でお茶を飲みながら「ずいぶん仲がいいんですね。ケンカなんかしないでしょ?」「いやー、しょっちゅうですよ」。  

「気がつきませんで失礼しました」と、翌月に勤行集を1冊プレゼント。また途中で振り返ってみると、今度はしっかりご夫婦距離をとってのお勤め。
 「どうしたんですか今日は?」「これが我々の実態ですよ。唯一住職と一緒に読むときだけが一番近い距離だったんですが」
「アララ、1冊だけの方がよかったですね」


親不孝
 
 世の中の大抵の父親は、子どもが大人になったら一緒に晩酌をするのを夢見ている。私も父の願いに応えて、成人前から晩酌のお相手をして、結構それなりに親孝行をしてきたつもりだ。

 昨年久しぶりに大晦日から数日間、親子4人がそろうことになった。その日に備えて、日本酒各種にどぶろく、ビール、芋焼酎に麦焼酎、赤ワインと白ワインまで完璧に用意した。

 大晦日の夕食になって「さあ何を飲む?」と聞いたら、3人が一斉に「お酒はいらない」ときた。何たる親不孝者。そうくるなら、仕送りを止めて『兵糧攻め』にしてやるぞと言いたかったが、そこはさすがにグッとこらえた。いきなりご飯を食べ始める長男と二男の前で、遠慮しがちに手酌で飲んでいる姿は、なんとも様にならない。

 その味気ない長男が思わぬ『孝行娘』を連れてきた。まだ何回も機会はないが、「飲む?」とビールを傾けると「ハイ」と素直にコップを差し出す。

 見たか不忠の息子ども、温泉に招待するとか、着物をプレゼントするとかが親孝行じゃないんだ。(もしあれば)それはそれでうれしいけれども、形じゃないんだ、要するに心だよ、気持ちだよ、ヒック。あれ、酔ってしまったかな。


日陰者 】  ブラジル編 A
 年中陽の差さない京都の北向きの事務所で3年勤めた後、出向が決まった。今度の事務所は南向きで大きな窓があるという。とうとう日陰者から逃れられると喜んだが、そこはブラジルでまたしても陽は当たらない。南北が反対なのだ。
 
 日系2世に誘われてマージャンをした。自分の番だと左側の人に続いて牌に手をのばしたら、「ダメ、順番を守ってね」「アレ、僕の番では?」「マージャンは時計回りが常識でしょ」「はいすみません」。
 南半球は回り方も反対なのかと妙に納得。『満貫』の手になって、正面の人から当たり牌が出た。「すみません、それロンです」「日本から来た人にやられたね。それ何点なの?」どうやら点数計算は苦手らしい。「満貫ですから8000点です」「それっぽっちでいいの、ハイ」

 どうもおかしい。「この点棒は何点ずつあるんですか?」「10万点ずつだよ」。毎週タバコの値段が上がるほどの超インフレの国ならではの持ち点の多さだ。このマージャンが終わるころには8000点が実質半分ほどの価値なっているかもしれないと思った。


パチンコ】  ブラジル編 @
 
 30数年前、ブラジルで地方寺院のお盆行事に参加した。夜は役員さんたちの出店や催し物でにぎやかだ。そこにパチンコ台が10台あまり。
「なんでこんなものが」
「日本から中古を取り寄せたんですよ。この国にはほかにないと思うよ」
「すばらしい」。
 さっそく玉を買って試してみた。左手で一発ずつ玉を入れて右手ではじくクラッシックタイプだ。経験がないので、ねらいを定めて5秒に1発しか打てないまったくのド素人。こちらも慣れないのなら、先方も釘の調整の仕方を知らないらしい。さあいらっしゃいとばかりに釘が大きく開いている。

 お客さんから巻き上げようという趣旨ではないからそんなもの。予想通りに5発目にスッポリと玉が入った。ところがジャラジャラと出るはずの玉が出てこない。タイミングをずらして台の裏から役員のオジさんがリンゴをひとつ「ハイ、おめでとう」。
 またひとつ入ると2つ目のリンゴをもってきて「なかなかうまいね」。 リンゴや柿は日系人が持ち込み栽培する超高級果実だ。

「なんでこのパチンコ台のここから玉が出ないの?」
「当たり前だよ、リンゴがそんなところを通るわけないだろ」


息継ぎ 】  
 浄土三部経の中で、月忌参りでよく読まれているお経は『阿弥陀経』。理由は(たぶん)短いから。逆に法事などで一番読まれないのが『観無量寿経』。そのわけは、文字の区切りが変則的で一番読みにくいからだ。

 その読みにくい『観無量寿経』を、法事で13年間坊守と一緒に読んできた。最近は慣れたものの初めの数年間は大変だった。息継ぎするたびに彼女も合わせて息継ぎをするからだ。
 別に夫婦の息がピッタリというわけではない。その一瞬の不自然な沈黙解消のために、しかたなしに1文字か半文字分の短時間で息継ぎをして読み続けることになる。すると5分もしないうちに酸素不足になってしまう。

 ところが、長寿番組『徹子の部屋』の黒柳徹子さんの機関銃のようなおしゃべりは、どこで息継ぎをしているのかわからない。一説によると、彼女ほどの熟練者になると、話しながら息を吐き、また息を吸いながら話せるという。貴(とうと)むべし、信ずべし。


お仕事】  
 
ご法事などの仏事の後にはお酒が付き物になっている。少しお酒が入ると、さらにうち解けて話しあえる雰囲気になるので、「酒は百薬の長」という効用があることは確かだ。
 ところが(一応)仕事上で飲んで酔って帰った後の家族の反応は結構厳しい。これはすべての住職さんの悩むところだ。

 同世代のあるご住職が若いころ、出かけようとすると保育園児の娘が聞いた。「お父さん、どこ行くの?」「お父さんはお仕事だよ」「いってらっしゃーい」。ところがお父さんがお仕事から帰ってくると、必ず酔っぱらって帰ってくる。けなげな娘はよく父親の仕事を理解した。
 ある日「おとき会場」に行こうとすると「おとうさん、どこ行くの?」「これからお仕事」。するとマイクロバスに乗ろうとする大勢の門徒さんの前で、幼娘はいつものように大きな声で言った。
「お父さーん、いーぱい飲んできてねーッ」と。このまま大きくなったらよき坊守さんになることだろう。


小指 】  
30年以上前、仕事でハワイに出張となった。同僚からはうらやましがれたが、現地で要望やら苦情を聞かされるのがわかっているので、気の重いハワイ出張だった。
 荷物は必要最小限。観光やゴルフもまったく予定にないので、カジュアルウェアも持たない、紺のスーツにネクタイのスタイルだ。

 すでに伊丹空港で他の観光客の中では完全に浮いていた。入国審査は、滞在日数と宿泊ホテルを聞かれるだけがふつうだが、その時は違った。顔から足の先まで観察され、パスポートを念入りにチェックした上で手を出せという。歓迎の握手かと思って右手を出したら左手だという。左手を見て「OK」が出た。

 一通り予定の仕事が終わったあとで現地の人に聞いてみた。「入国の時に意味不明の出来事があったんですが」「あぁ、あなたは暴力団と間違われたんですよ。ハワイに濃紺スーツにネクタイで来る人はまともじゃないよ。たいてい左手の小指がないね。あなたの目つきもどちらかといえば…」。
 当時、鉄砲玉組員の射撃体験ツアーが盛んだった。妙に納得。


新記録 】  
 
食べる食べる。「痩せの大食い」とはよく言ったもので、3人分のつもりで炊いたご飯があっという間に1人の胃の中に納まったり、お昼まであると計算したものが、朝のうちに空になっていたりする。

 20歳の二男が休みで帰省するとコメの減り方が違う。もちろん単なる居候ではないので、それに見合う仕事は十分にしてもらった。この春休みには、法事、お通夜、葬儀、月忌参りを手伝ってくれた。

 先月、西蒲原地方特有の和洋中華がお膳に納まらずに畳の上にまで並ぶ豪華なお斎料理にビックリ。彼の場合、ごちそうは「白いご飯」と一緒に食べるのが一番。こういう席で、初っ端からご飯とは言い出しにくそうなので代わりに注文した。

 「大き目の茶碗で大盛りのご飯をください」。運ばれてきたのが小ぶりの茶碗で普通盛り。彼は悲しそうな顔で茶碗を受け取った。二杯目を「さっきが大盛りなら、特大盛りで」と注文。さらに「超々特大盛りでもう二つ」。
 隣の住職の料理にも手をのばし、大盛り4杯のご飯を完食して彼は言った。「今日はこのくらいにしとくわ。このごろ食が落ちたなー」。
 料理屋の女将いわく「大盛りご飯4杯のお客さまは、当店の新記録です」


坊さん カンザシ 】  
 
「釣った魚にエサはいらない」ではないが、家内の誕生日や結婚記念日にはある年からプレゼントはしないことに決めた。プレゼントは「サプライズ」であるべきなので、要望を聞けない。もっとも聞けばもっと大変なことになる。

 そのある年、今日が誕生日だと思い出したのが三条市内で夕方の6時、しかも着物に白足袋の法衣姿だった。思い切って三条の花屋さんに入ったら、真紅のバラが目についた。女性へのよき贈り物として真紅のバラは世界共通だ。
 「その赤いバラをください」
 「はい、女性へのプレゼントですか?」と店員の大きな声に、店内の数人が一斉に振り向いた。
 耳まで真っ赤になるほどの恥ずかしい思いをして家に帰り、家内にバラを手渡した。
 「これ」「何これ?」「誕生日だから」「あっ、そう」と、さっそく花瓶に活けてテーブルの真ん中に飾られるのかと思ったら、台所の隅のクギにさかさまにしてヒョイ。

 「な、何をするんだ」「だってドライフラワーのほうが長持ちするから」。
嘘だ、すぐに捨てられた。


除夜の鐘 】  
 
「ホラホラ、ちゃんとお願いしてから撞くんだよ」
「アンタは危ないんだから、もうひとつ撞かしてもらいなさい。ネ、いいでしょ?」
「おや、初めての除夜の鐘ですね。何ですか、お願いって」
「今年は受験生なんですよ。だから合格祈願の除夜の鐘」
「ウーン聞いたことないなー」
「これを撞くと、罪が許されるんですよね。アレ、煩悩が無くなるんだったかな?」
「免罪符みたいに犯した罪が許されるんだったら、タダってわけにはいかないね。最低でも1発10万円だね」
「それは高い、住職は欲張りだ」
 と、例年80〜90人ほどの人たちでワイワイガヤガヤ。
「じゃあ、何のために撞いてるの?」
「ほら、鐘の正面に『南無阿弥陀仏』、反対側には『正覚大音 響流十方』と書いてあるでしょ」「つまり鐘の音は、お念仏を称えましょうという仏さまの呼びかけの声です。正確には『念仏申すべし』という命令形ですね」「鐘を打つことで、仏さまの声を代弁しているんだから、今日鐘を撞いた人たちが先頭に立ってお参りされるわけですよね。今年の寺の行事は参加者が一気に若返って楽しみだなー」
「イヤー、もう少し歳をとってからということで…」


GOLD 免許 】  
 
 30年以上も無違反だ。正確にいえば違反を一度も見つかっていない。したがって、ゴールド免許形式になってから、それ以外の色は見たことがない。

 以前、中型バイク免許取得の申請に免許センターに行った時に、係員が言った。
「ゴールドの方だけ先にお写真を撮ります。他はあとでね」
「はい皆さん、ゴールドだと先に受付させていただくんですよ。だからもう違反しないでね」
 と、扱いが全然違った。8割程のブルー免許の方々を尻目にどんどん手続きが終わっていく。

 ところが、最後の免許証を手渡しする段になって、なかなか名前を呼ばれない。約50人中、最後から3人目でやっと交付された時には、ブルーの方々は全員帰った後だった(重ね方が逆なんですけど…)。
 ムッときたが、にこやかに聞いてみた。
「ゴールド免許だと、何か恩典はあるの?スピード違反1回パスとか」
「いいえ、ゴールド免許のくせにと逆にもっと怒られますよ」
「あ、そうなの」


お庭番 】  
 
 一昨年くらいから、寺を中心に数100メートルの範囲で、窃盗事件が相次いでいる。目撃証言がほぼ一致しているから同一犯と思われた。
 人相は太ってコロコロ、毛深くて薄汚れ、目つきが悪い。犯行手口は、日中堂々と玄関の戸を開けて侵入し、台所から魚や肉をくわえて逃げるという手口のネコだ。

 我が家の玄関口にいる2匹のネコは、強烈な右フックを一発くらってからは、悠々とエサを食べ尽くされるのを寝床の中から震えながら見ているだけ。
 
 あまりの被害の多さに、春休みに帰省した正義の味方、二男坊が立ち上がった。寒い小屋で廃品を利用して「ネコの捕獲器」を作ったのだ。家の中にいるネコに実験台になってもらって間もなく実戦配備される。見事捕獲の上は『新飯田ところ払い』を申し渡す予定との事。

 ところで、いつも玄関口でお客様を出迎えるネコは、単なる招き猫でも慈善活動の結果でもない。25年ほど前、たまたまネコが1匹もいない時期が3年ほどあった。その3年の間に、廊下から見えるだけで蛇が10匹もとぐろを巻いて日向ぼっこする庭と化したのだ。彼女らは腕力こそないものの人知れず立派にお庭番の仕事を果たしている。

 ※ 捕獲器設置後、恐れをなしたのか、寄り付かなくなりました。ご近所でも見かけなくなったとか。
    写真は我が家の一番年上のおネエちゃん「千姫」です。



ラーメン 】  
 
 燕市・三条市は、背油ラーメンの本場。これには両市の地場産業に起因するといわれている。すなわち、高温かつ力仕事の労働者向けの「濃口しょうゆ」。不規則な労働時間の出前でも麺がのびにくい「極太麺」。油でスープが冷めにくい「背油スープ」。
 ところが私の好きなラーメンは、この三大要素のすべて逆の「薄口、細麺、あっさり」ときた。先日、店の看板に「大油、中油…」と書いてある店に入った。
「油抜きのラーメンある?」
「エッ、一応出来ますが」
「じゃ油抜きラーメン」といったら、店内にいた20人ほどが一斉に振り向いた。
(何たべようと勝手でしょ)

 三条市はカレーラーメン発祥説があって、商工会議所では「カレーラメン食べ歩きマップ」を作成している。マップでは32店舗を紹介しているが、市内にはその倍以上の店がカレーラーメンを提供している。
 ある無謀な若者が、食べ歩きマップを見ながら、その32店舗を完全制覇した。もちろん1日でということではない。
「若いっていいね、バカなことに情熱をかけることができるから。で、どこの店が一番うまかった?」
「ん…、もうカレーラーメンは見たくないっス」


イモリの 姿焼き 】  
 
◆「こんな干物しかないが、マ、これで一杯やろう」
「イヤー、酒さえありゃ何でもいいですよ。逆に、ツマミばっかりで、お酒がないのは困るけど…」。
タラの干物みたいなものを飲んでは千切り、千切っては飲んでいたら、
「アンタ、ムシャムシャ食べると鼻血が出るよ」
「えっ何で? ところで南半球でタラって獲れましたか?」
「それは、ガラガラヘビだよ」
「ゲッ」。
 これはブラジルでの話。

◆25年ほど前、ほとんどが父親の年代の方々6人と塩原温泉に行った。夕食は囲炉裏をかこんで串焼きのオンパレードだ。形がわからなければ何とかなるが、1本だけは違った。
 両手両足としっぽを広げたまま串に刺された真っ黒な「イモリ」が各自に1本ずつあった。皆さん平然と「ホホー、これは珍しい、なかなかいけるんだ」という。私は、覚悟を決めて真っ先にイモリをビールとともに胃に流し込んで、これで終わりと思った。

 ところが、
「あんた、塩原温泉は初めてだよね?」
「ハイ」
「私はもう何回も来ているんで、こんなもの珍しいとも思わんから、アンタ食べなさい」。
 すると、
「イモリは精がつくというから、若いアンタにあげる」
「あっオレも用がないわ」
 と、次々と目の前に。結局全6匹完食の上に、
「若いモンはうらやましいな。マ、がんばりなさい」
 と、励ましのお言葉を頂戴した。


またまた勘違い 】  
 
 子どものころソース味が苦手だった。なぜかというと、あのブルドックソースのラベルのグロテスクな犬を、丸ごと絞り上げた汁だと思っていたからだ。まだある。
 たとえば「身欠きニシン」。鰹節をつくるように、何らかの特別な方法でニシンの身を「磨いて」仕上げたものだと思っていた。昔「巨人の星」の 星飛雄馬が、少年時代に筋肉増強のために身に着けていた「大リーグ養成ギブス」があった。

 あの重そうな器具の正式名称は「コンダーラ」という説を聞いてビックリした。 「そんな裏話を知っているのは相当な通ですね」 「だって、テーマソングにあるじゃないですか。 『重いコンダーラ、試練の道を…』 って」 「えっ? それは… 」
 
 法要、お通夜の最後に蓮如上人のお文を拝読する。ある若い僧侶が重々しく拝読した。ところが、最後の言葉を「あなかしこくーッ」ときた。 「最後の『くーッ』は何?」 「そう書いてあったから」 「あれは、繰り返しの意味の『く』の字なのッ」


【 初老時代 】  
 
 「きのう渡辺 謙の映画をみたら、先輩を思い出して電話しました…」。長野県の後輩から電話があった。昔は違った俳優の名があがったように思ったが、近ごろは『ダイハード』のブルース・ウィリスか、よくて渡辺 謙だ。確かに私と彼らとは、外見的な共通点が一つあるものの、いまや彼ら二人は国際的な映画俳優だ。似ているというのは彼らに実に失礼なこと。
 
 ご法事の席は、仏縁にあうということと、人との出会いの場でもある。先月ご法事の席で40年ぶりに高校の同級生に会った。すっかり初老のオジサンになっていて、お互いに顔を見合わせ「歳とったなー」。数年前の法事で、こんなこともあった。見覚えのあるおばあちゃんがニコニコ顔でお酌に来て、「久しぶりですね」「ハイ(誰だったかな?)」「あのころが懐かしいですね」「ハハ、そうですね(何?)」「あの青年団活動や、弁論大会の練習を本堂でしたときは、まさに青春でしたよね」「あの…、もしかして、その話は父とのことですか?」「エッ?ありゃー」。「いいんです。もう、年代差を感じなくなりましたから」


【  トイレで 勘違い 】  
 
 近くの料理屋さん。そこで、ほろ酔い気分でトイレで手を洗ったときに、「ウンコの力…」と書いてある手書きの張り紙に「ギョッ」とした方はいないだろうか。二日酔いにならないという「ウコンの力あります」と書いてあったのだが、いかにも場所が悪い。

 初めて高速バスで東京に行ったときに、群馬県の大きなパーキングで休憩があった。バスの3台も停まると大混乱の北陸道と違って、とにかく広いのなんの…。トイレに女性の絵が正面やや右側に描いてあったから、反対側の左の入口から入った。入って右折、もういちど右折すると、30m以上両側にトイレが並んでいた。「高い料金とってるだけに広くて、しかも綺麗だ!」。
 中ほどまで来ても男性用が見つからない。そのとたん「ハッ」と気づくと回りはすべて女性だ。建物全体が女性用で、どちらも女性用入口だったのだ。「オレは掃除のオジサン、掃除のオジサンだ」と気持ちだけ変身して、そのままゆっくり一周して出たが、イヤハヤ残りの半周が長かったこと。あれほど女性たちの注目を一身に浴びたことは、かつてない。


【  たぬき汁 】  
 
 7,8年前、ご法事の後のおときに秘境の温泉宿へ、しかも一泊で連れていってくださるという。有名な宿だが泊まるどころか行ったこともない。小学生の子どもがいるからと坊守が辞退したら、一緒に連れてきなさいと、思いもかけない家族旅行となった。

 おときが始まる前にご主人が言った。「帳場に聞いたら、あるっていうから、たぬき汁を特別に頼んできました」「オー」と歓声があがった。お座敷の真中に鍋がすえられ、フタつきのお椀で配られた。「さあ住職から熱いうちにどうぞ」。
 高そうな特別料理に箸もつけないでは申し訳ないので、一気に流し込んだ。当然味もわからない。その直後にご主人がお酌にきて、空のお椀を見て「おー、住職も好きだね。おい、もう一杯もってこい」。これも残しては悪いので、酒でごまかしながらやっと食べた。
 ようやく口直しに、ほかの美味しそうな料理を食べようとしたら、隣の坊守がひじでつついて小声で言った。「せっかくのたぬき汁、残すと悪いよね」「そうだ」「じゃ、私のも食べて」。お椀のフタすらとらなかった方がいらっしゃった中で、3杯も食べたのは私だけだった。
 味? とにかく珍味でした。


【 雨天用 … 】  
 
 レース用のタイヤは、接地性を高めるために溝がないツルツルのタイヤ。途中で雨が予想されるレースでは、タイヤに溝のある雨天用タイヤに替えるタイミングが、ドライバーの腕よりも勝利の明暗を決する。

 「あっ、昨日の靴と違いますね」
「ハイ、今日は雨が降っていたから雨天用です」
「すると、晴れの日には履き替えるんですか」
「ということでは…、雨天用は晴れの日にも大丈夫ですが、その逆は絶対ダメです。レーシングタイヤみたいなもんです」
「難しいんですな」
「ハイ、朝、晴れていて、途中で降りそうだというときに、家に帰って雨天用に履き替える…。この絶妙なピットインは、何回も失敗しないと身体に覚えられないんです」

「しかし、雨天用の靴が兼用できるのは理解できるとして、晴天用の靴が兼用できないという意味がさっぱりわかりませんなー」
「何をおかしなことを言ってるんですか。雨の日にこの靴をはくと、靴底の穴からジワーと水が浸み込んできて、靴下が濡れて気持ち悪いでしょ? それともアナタは、濡れた靴下で人さまの家に上がりこんで平気なの、ヘンな人だな」
「私の方が、ヘンなんですか?」
「うん」


【  珍獣 発見】  
 
 鼻長ネズミかゾウさんか。 見たこともない珍獣が現れました。

よーく見れば、頭と耳が見えますから、ナ〜ンだと思うでしょう。
ストーブの前にいた猫のお尻に、両面テープで目をつけてみました。気にいったのか、4日間、目をつけたままでいました。

 お見せできないのが残念ですが、妻にも大ウケしたのが、しっぽを上げて歩いている後ろ姿の写真です。
 ゾウさんが「パオーッ」と吼えている様子そのままです。しかも、長い鼻のしたから見える口が、おちょぼ口なのが笑えます。

 それ以来、「マリ」という名前にほかに、「パオ」の別名が加わりました。


【 ガス テレビ 】  
 
 二男は京都生活の3年目。学生寮の1年目は、退学してでも寮を出たいと言い出すほど、共同生活は大変だったらしい。今では下級生の箸の上げ下ろしまで指導しているというから驚きだ。

 40年前の私の学生寮生活を思い出した。掃除当番、感話当番、銭湯、門限など、初めてのことばかり。寮で一番ビックリしたのは、ガスを燃やして冷やす「ガス冷蔵庫」があったことだった。やっぱり京都はスゴイと思った。
 翌年、後輩を指導するために寮に残った。たまたま小学生のころから子ども会で顔見知りの後輩が寮に入ってきたので、さっそく冷蔵庫を見せた。「ほら、京都では冷蔵庫はガスで冷えるんだ」。彼の驚きようといったらなかった。冗談で「このカラーテレビもガスなんだ」「どうりで赤い色があざやかですね」と言った。
 そのことが、数ヶ月笑いのタネにされ、そのたびに彼は憮然としていた。先日、思いだして近くの住職にこの話をして、「あのころの彼は純情でかわいかった」と言うと、「それでわかった。彼がひねくれているのは、それが原因だったんだね」


【 記憶力 】  
 
 「この人が潟浦、隣が代官島、それから鵜ノ森、羽黒…。あっちの2人は東京だ」。法事のたびに、お斎の席で出席者の顔ぶれを聞く。それは大抵、地名であって本人にはわかっていてもこちらはわからない。「関係は…?」「それじゃあ、あれがじいちゃんの孫の家、次がばあちゃんの実家で、あとは母ちゃんの兄弟と…」「そうではなくて、氏名・関係・所在地の順でお願いします」
 やっと頭に入ったころに座が動き出すと再びわからなくなる。座席順で覚えていたからだ。
 後日「この前はどうも」とあいさつを受ける。「エッ、どちらさまでしたか?」「やだなー、先週法事で会ったじゃないですか」「それは失礼、服装が違うもんで」「意外に記憶力悪いんですね」。どうも人の顔をおぼえるのが苦手。
 
 さらに後日、きたない作業着姿で墓地の除草剤散布していると、その人がお墓参り。「ご苦労さまです」「エッ?」「忘れたんですか?」「ユニフォームが違うから、シルバーの人かと思った」「まぁシルバーには間違いありませんが…」。やはり人は顔だけでおぼえているのではないらしい。


【 地 震 】  
 
  それはいつも突然やってくる。忘れもしない10.23中越地震の余震、それもお通夜の法話の最中にだった。「キャー」と参詣者席がどよめく。一瞬言葉がつまって様子を見るけれども、だれも逃げ出す人はいない。話を続けるともう1回きた。それでも皆席を立たない。仕方ないのでまた話を続ける。あとでほめられた。

 「さすが仏さまに仕えるだけあって腹がすわってますね、あの地震でも悠々と法話をされているんですから。住職が逃げたら一緒に逃げようと思っていたんですよ」「冗談じゃない、皆さんが逃げないから話をしてたんじゃないですか。おかげで何をどこまで話したのかわからなくなってしまった」「どうりでいつもより長いと思った…」。

 その余震が11.8三条別院報恩講の御満座のお勤めのときにも来た。本山からいらっしゃった御連枝さまが微動だにされないので、お勤めは続けられた。もっとも逃げろといわれても1時間20分も座っていたから、完全に足がしびれていて、すぐには不可能。たぶん他の住職も同じだったかも。


【 見たな〜 】  
 
 柴犬「クマ」が病死した。年に10日しか帰ってこない長男を唯一の主人と定め、彼以外には決して腹を撫でられることを許さなかった。
 半年前には、お参り先で引き取ったノラネコ「茶々丸」も事故死した。雪雨の中でも、必ずお墓参りや納骨に立ち会うという寺向きのネコだった。
 そのたびに墓地の奥の杉林(墓地ではない)に穴を掘って埋葬した。

 数年前の夕刻、ネコの「秀頼」がやはり事故死した。あまりに悲惨な姿で子どもに見せられないため、その夜のうちに埋葬することにした。蛍光灯式の電灯を置いて、泣きたい気持ちでひたすら穴を掘った。その時、すぐ近くで身の毛もよだつ大事件が同時におこっていた。

 その事件とは、こうだ。あるご婦人が寺の同朋会に出席するため、暗い夜道を一人で寺に向かった。ところが本堂前に着いても本堂は真っ暗。さらに不安な気持ちになると、墓地の奥に青白い光が見える。じっと眼をこらすと、なんと墓をあばいている青白い人影が見える。口から心臓が飛び出そうになって、立ちすくむと、その気配に気づきその人影が振り向き「見たな〜」と聞こえた。そのご婦人「○△◎…!!」。文字に書けない。
 同朋会の開会時間の間違いでした。それ以来夜はやめて、午後の会になりました。


【 三輪走行 】  
 
  近くの県道を走行中に、対向車線の車が、急ハンドルで何かを避けている。人も車も見えない。200mほど走って、そのわけがわかった。
 高級なアルミホイールをつけたタイヤが、対向車線を悠々と逆進していたのだ。30qのスピードでしばらく並走したが、見事なほどまっすぐにころがっていて、どうすることも出来ない。その先、落とし主らしい車は見つからなかった。自動車会社の友人に話したら、「トラックから落ちたんでしょう。3輪では走れません」。

 そうでもない。高速道でJAFの車と故障車らしい乗用車が、フツウに道路端に止まっていた。「ガス欠かな?」と思ったが、本当の理由は、もう1キロ以上走ったところでわかった。JAF隊員が、(はずれた?)タイヤをころがしながら戻って来たのだった。
 旅客機は、片側のエンジンが止まっても安全に航行できるよう設計されているといいます。さすが日本車、3輪でも安全に走行出来るのですね。


【 情けは人の為ならず・・・誤解 】  
 
  お盆前に、区役所の呼びかけで、集会があった。「地域に必要とされているものや、活動はないか、考え得る限りのことをあげてほしい」という。任意で集まった参加者は、はりきった。中でも、障害を持った人たちへの行政の援助が切実な課題だった。
 ところが、最後になって、その予算はゼロだという。つまり、地域の課題を地域住民の拠出と活動でやりなさいというのだ。
 冗談じゃありません。それは、共存意識がなく、ボランティア活動が不十分なだといわれる一部の区域と、この地域とを一律に考えてもらってはこまります。
 私は、あまり参加しないので申し訳なく思っていますが、この新飯田地域の皆さんが行っているボランティア活動は、すばらしいものがあると思っています。

 ボランティア【volunteer】とは、無償の社会奉仕活動のことで、その代償を期待してはいけないといわれます。また、奉仕を受けた側も、その人にお返しするのではなく、助けを必要とする他の人にお返しするのが、その真髄だといわれます。

 今日、仕事が見つからずに、「3日ほど働かせてくれるところはないだろうか?」という方が訪ねてきました。寺の掃除でも、農家の手伝いでも、何でもするという。身なりは小奇麗だし、本当に真面目そうな人でした。
 運悪く、境内はきれいになっているし、果樹の経験がないのでは難しいと思いますと答え、少しお金を渡して帰ってもらいました。
 時代を反映してか、このような人の訪問は年に何回かあります。大抵は一回きり。一昨年、月に何度も、合計7、8回も同一人物が訪ねてきたことがありました。全く働く気がなく、寺でお金をもらうことを生業にしていることがわかってから、食べ物だけをあげることにしたら、それっきり来なくなってしまいました。へんな同情は、その人の為にならないからと思ったからです。

「情けは人の為ならず」ということわざに従ったつもりでしたが、全然違いました。国語力がないのは近ごろの子どものこと思っていました。 
 恥ずかしい話、今日まで、このことわざを誤解していました。「へんな同情は、その人の自立の為にならない」と思っていたら、人に情けをかけるということは、巡り巡って自分によい報いが来るという意味でした。「人の為ではなく、自分の為になるのだ」という、ボランティアと同義語なのですね、赤面です。


【 三味線 ネコ 】  
 
  家族が減ってしまった寂しさから、その穴埋めのネコが増えてしまった。おまいり先でもらったか、捨てネコが、現在4匹。いつも玄関先でたむろして、お客さまのお出迎えをしたり、墓経や納骨時に必ず立ち会う律儀なネコたちだ。

 「さすが、お寺さまですね、死にそうな捨てネコを、入院させても世話するなんて」
 「いや、そうじゃないんですよ。寺もいろいろ物入りで、副収入のつもりで、あちこちから集めて飼育してるんです」
 「エッ、どういうことですか?」
 「ほら、そこの茶色のネコは、もうそろそろ3歳で出荷どきです。次はその黒。三毛ネコはうっかりして4歳になったから少し皮が硬くなったかな」

 「エッ、どういうこと?」
 「三味線用に出荷するんです。結構いい値段になるんですよ」
 「そういえば、以前に見た白黒と白茶のネコがいませんよね」
 「ハイ、アイツラは、立派にお寺のためになりました」
 「!」。
これで、少しは捨てネコが減るかもしれない。


【 誤 解 】  
 
  ご本人から直接聞いた話。
元旦かなりお酒を飲んでから、隣市の親戚に年始のあいさつに行ったが、様子が変わっていて家がわからない。
 警察署に飛び込んで、遠方から来たのだと言ったら、住宅地図に顔を寄せて親切に教えてくれた。

「ありがとう」と出ようとすると、
「あなた、だいぶ飲んでますね」
「正月だから当然飲んでます」
「ここまで何で来ましたか」
「とても歩いて来れる距離じゃないから、車で来ました」
「えっ、ダメですよ、それは。 車を警察署に置いていってください」

「冗談じゃない、それじゃどうやって帰ればいいんですか?」
「とにかく、ダメなものはダメなの」
「他にもまだ年始に行くところがあって、忙しいんです」

「待った。免許証を見せてください」
「車の免許? ないよ」
「えーッ」

「飲んだんでしょ?」
「飲んだよ」
「車で来たんでしょ?」
「そう」
「免許は?」
「ないよ」
他の署員もビックリ。

ところが、
「セガレの車が、外で待ってるんだ」
「何んで初めからそう言わないの?」
「だって、そう聞かないから…」


【 大仏は 見るものにして … 】  
 
  11月の下旬は、京都の紅葉の真っ盛り、京都市内のホテルや旅館は1年前から予約で一杯で、1室も空いてないという状態です。

 若い時に、観光で上洛する友人知人の案内役を、数多く仰せつかってきました。

 大仏は 見るものにして 尊ばずという川柳のとおり、有名な観光寺院に行っても、そこの宗旨や、ご本尊が何であるかに関心がある方はほとんどいらっしゃいません。
 ほとんどの観光客は、本堂の前を素通りして、庭に一直線です。だから観光で成り立っている寺は、庭の手入れに精力をかたむけます。

 ところが本願寺は違います。確かに木造伽藍の大きさは世界一ですが、それを見せ物としていません。訪れる人のほとんどが、御影堂と阿弥陀堂に参拝されていかれます。寺の成り立ちが違うのです。


【 越後の国の「寛治の絵図」 】  
  その真偽は ?

  























          日本海側から見た古地図。  中央下に佐渡島の一部が描かれている

 越後の国の古地図として広く流布している地図に、2図あります。1枚は康平3(1060)年、もう1枚は寛治3(1089)年の地図で、世に康平寛治の絵図といいます。

 2枚とも弥彦・角田が半島状に海に突き出し、新潟平野が大きな湾になっている絵図です。江戸時代、すでにこの絵図の真偽が問題になったという記録があります。 それ以後も多くの検討がなされ、県人・吉田東伍博士も偽図とし、郷土雑誌などにも真偽をめぐる論争がしばしば掲載されました。
 これらの絵図は次の点でニセモノとされています。

@海湾とされている新潟平野から 縄文土器、弥生土器が出土して いる。
A康平、寛治以後の新しい地名で ある紫雲寺潟、村上、高田、長 岡、新潟などの地名が記されて いる。
B10世紀の『和名類聚鈔』にで てくる郷名がない。
C康平図には海抜4メートル地点 にある巻があるが、それより高 所にある加茂、三条がない。
Dそのころ存在していたはずの蒲 原の津の名がない。

 両図とも、現存するものは模写に模写を重ねたもので、正式な原図は所在不明です。       『新潟市史読本』(新潟市郷土資料館)参照

 ニセモノであるにせよ、江戸時代かそれ以前に、遊び心で思いをめぐらし地図を描いた人はすごいと思います。


【 観光地めぐり 】  
 
 中越沖地震の時、石川県にいた。急きょ高速道で富山へ。北陸道が通行止め(アリャリャ)。ならばと岐阜高山へ南下する(高山の朴葉味噌に熱々ご飯は最高)。
 阿房トンネルから長野方面へ(この上の2000Mの阿房峠の見晴らしが絶景)。トンネルを抜けると上高地の入り口(この時期が旬。1泊5万円超の上高地帝国ホテルだ)。
 次に白骨温泉の案内板が(ミルクのような露天風呂に感激、しかも混浴)。更埴JCTから小諸方面へ(それこそ、なつかしの懐古園)。あこがれの軽井沢(この難所の碓氷峠を武田信玄は何度も往来した)。

 藤岡JCTでは渋滞10km(高い駐車料金)。赤城山を右に見て、トンネルを越えたら、そこは無人マンションの墓場だった。50kmの速度規制の高速道を生真面目に走るパトカーを80kmで軽く追い抜いた(非常時ですから)。
数々の誘惑を振り切って、おにぎり片手に9時間半の観光地めぐり。疲れた。


【 坊 主 の 世 話 】  
 
 友人の住職から聞いた話…。
早朝、ゴミを出しにいくと、公園で人が倒れていた。死んでいるのかと思って、おそるおそる近づいてゆすってみると、反応があった。着ているものの様子から、どうやらホームレスらしい。

 そのままにしておけないので、市の福祉課に電話して対応を頼んだ。ところが、市の職員の電話対応はこうだった。
「その人、動きますか?」
「ハイ、動きます」
「じゃあ、動かなくなったら、また電話してください」
「エッ?」。
 なんというヤツらだと憤慨した。

 もし、そこに職員が直接そこに居合わせると、少しお金を渡して、「これで何か食べて元気をつけなさい。どうしても困ったら、また、たずねてきなさい」と言うのかと思えば、違うという。「頼むから隣の市へ行って、そこで倒れてくれ」と暗に言うらしい。

 しかたがないので、寺で世話をすることになった。1ヵ月半後、寺の生活が飽きたのか、そのホームレスは寺を出て行くという。出て行く時の言葉が、「坊主の世話にだけは、なりたくなかった」だったとか。


【 は さ み 】  
 
「じゃんけーん、ぽん」、
順番や勝ち負けを決めるのに手っ取り早く、平等な決め方だ。これは、、“scissors-paper-rock(はさみ、紙、岩)"など、 形は違っても世界各国で使われているらしい。

 子どものころ新飯田では「ホーチン、ヤッ」と言った。お隣の村では「ホーレンヨー、セッ」だったので、おかしくて笑ったものだった。ところがどうだ、高校へ行ったら「ジャンケン」しかなかった。

 中でも苦労したのが「チョキ」だ。ブイサイン形のチョキはなじまない。とっさに出るのは、親指と人差し指の「ゴム鉄砲形」のチョキだ。数年後、京都で大学リーグ戦。主将同士で先攻後攻を決めるジャンケンがある。「あいこ」の後、相手が「ゴム鉄砲形のチョキ」を出したのだ。

 試合の勝敗は忘れたが、私の興味は他のところにあった。試合後「あのー、ご郷里はどちらですか?」と聞いた。「何か?」「いえ、さっきのチョキが懐かしかったもので…」。ゴム鉄砲形は、平家の落人のように全国各地でひっそりと生き続けていた。


【 定 職 ? 】  
 
「ごめんくださーい」と、知らない人。
「あのー、仕事がなくてこまってます」
「それはたいへんですね」
「早い話が…、お金ください」
「エッ…?」。
 お金をティッシュで包んで「マ、がんばりなさい」。
この手の人は大抵1回限り。ところが、同じ人がお盆前に3回、11月も3回だ。

 台風並みの風が吹いた翌日、落ち葉だらけになった庭をだれかが掃除をしている。車を見るとうれしそうに駆け寄ってきた。彼だった。お金をもらってばかりではすまないと思って勤労奉仕かと思いきや、
「もう30分すると3時間なので、3,000円でいいです」だ。

 10日後には、知らないうちに墓地掃除をしている。しかたがないので、
「終わったら、声をかけなさい、少しお金をわたすから」
「始める前に奥さんからもらいました。エー、もう20分で時間切れですね」
「アッ、そうなの」。

 次はその10日後、
「ごめんくださーい」
「オッ、またあんたか。今日はなにするの?」
「いやー、今日は他にいろいろまわるところがあって、ホント忙しいんですよ。お金だけください」

 自転車で1時間半かけてやってくるホームレス。それが「定職」なんじゃない? これからは、「お金だけください」は絶対お断り。


【 お か ざ り 】  
 

 三条別院の報恩講に、今年も早朝から4日間参勤した。仕事は、お内陣で時々割り振られる和讃の1行目をソロで発声するだけ。

 その時間1回わずかに10秒あまり。あとは「微音にて」、要するに外陣にいる声明のプロのジャマをしないように黙っているということだ。今年は5回だったから全部で80秒ほど。あとの11時間20分はひたすら正座の苦痛に耐えていた。

 逆に80秒ほど声を休め、11時間20分ひたすら大声を出していた外陣の友人にねぎらいの声をかけた。「ずっと声を出していて大変だね」。間髪いれずに返ってきた、「ずっと黙っているのも大変だね」。私は単に「おかざり」か?

 しかし、最終日に、本山からご参修された信明院殿御連枝(れんし)から、出仕僧にお言葉があった。
「お内陣の出仕僧は(たとえ黙っていても)浄土のお荘厳(しょうごん・おかざり)のひとつです」と。
 おときをつくってくれた方、事前のおみがき、駐車場係、本の販売、接待係。みな等しく報恩講を荘厳する人たちだ。


【 消 防 士 】  

 

 悩みがあって寺に相談に行ったら、「私のところはナマモノは扱いません」と言った住職がいたとか。
 ヤブ医者がポロポロとこぼしながら歩いていると、後から拾いながらついていくのが坊さんだったというブラックユーモアがある。

 「住職って大変ですね。『いざ』というときがあるから、ゆっくり晩酌もできないでしょう」
「いや、酒税の納税は、国民としての義務ですから…」
「いつ『出動命令』が出るかもしれないから、消防士と同じですね」

 なるほど同じかもしれない。ただし、同じだという意味は、消防士の仕事は、火事を消すということよりも、火事を出させないことが本来の仕事であるという意味だ。

 寺は葬儀や法要を執り行うことは大事な仕事ではあるが、それらが本来なすべき仕事ではないという自覚をなくしたら、寺はオシマイだ。

 お盆後、消防署から、お墓に添えられた花の焼却についてのご注意をいただいた。消防士の重要かつ大半の仕事も、寺の仕事も、『それ以前』にある。


【 性 っ 垂 れ 】  

  【 越後方言の中の仏教用語 かな ?? 】

 子どものころ、身なりをきたなくしていたり、部屋を散らかしっぱなしにしていると 「しょうったれっ!」と叱られました。今の若いお母さん方は、その言葉を使う事がなくなってきました。

 「しょうったれ」とは、たぶん「性っ垂れ」と書くのでしょう。
 「性」(しょう)とは仏教用語。本来そなえている性質・本性のこと。もともと外界から影響されないから、他人の忠告や迷惑をもかえりみることがない。テレビで話題のゴミ屋敷も、その方が落ち着くというのだから、まさに「本性の垂(た)れ流し」です。ただし、「性」とは、「相(姿・形)」に対する言葉なので、外観だけよくしても、内面の「性っ垂れ」は変わりはないということです。

 新飯田で、欲張りで強情な爺さまを「ゴウッタレ・ジサ」とも言いましたよね。聞いたことありませんか?  これは「業(ごう)の垂れ流し」「業(強)突く張り」という意味だと推測しています(間違いならお詫びします)。

  「業」も、意思にもとづく身・口・意の生活行為をいう仏教用語です。
「性」「業」の問題というより、無責任かつ無自覚のまま「垂れ流し」していることに問題があるようです。


【 笑いは百薬の長 】  

 友引に葬儀をすると、同い年の友だちを一緒に連れていきたがるから、同級生達はいそぎ餅を食べ、一つ歳をとったことにする。
 逆に、これ以上歳をとりたくないから餅を食べない。それでも死亡率は100%だ、何か悲壮感が漂う。

 王監督が、療養のため病室で聞いているという『綾小路きみまろ』の漫談に、「いいですか奥さん。日本は高齢社会です。いまや4人に1人が痴呆症になるんです。1234…ハイそこに1人。12…そこにも1人。4人いれば必ず1人は痴呆症になるんです。いいですか、絶対に痴呆症にならない方法があります。それは、4人で行動しないことです。必ず3人で行動することです」と、面白い。

 あるドイツ人が日本に帰化して、一番うれしいことはと問われ、その答えが「世界一、長生きの日本人になれたこと」だった。

笑いは百薬の長。


【 たましい 抜き 】  

 ときどき変な依頼がある。仏壇をお洗濯するから、また、お墓を改築するから「たましい抜き」をしてほしいというもの。しかも、あとで再び「たましい入れ」のおまけ付きだ。

 タンスじゃあるまいし、私には入れたり出したりできません。そんな方法があるなら、「A級戦犯を、一旦合祀した以上は分祀不可能」という靖国神社の方々に教えてやってください。

 今日訪ねてきた友人が言った。
 「初めてなのでびっくりしたけど、亡父の戒名を宙で書いて位牌にたましいを入れるのを見たよ。
 そういえば、池を埋めるにもたましいを抜いてもらったことがある」と。
「じゃあ、抜いた池のたましいはどうするんだろう? 金魚鉢にでも入れておくのかな?」と私。
「さあ?」。

 肉体が滅しても、不変の我(が)が実体としてあり、輪廻転生するというバラモン教の業の思想(霊魂不滅)を釈尊がはっきり否定されたことは、「同和・靖国問題研修会」等で繰り返し学んできた。

 情けないけれども、先進国日本と言いながら、2500年前の迷信に振り回されている。


【 坊守おたすけ隊 】  

 住職が知らぬ間に、昨年の上山奉仕団に参加した9人により、
「坊守おたすけ隊」が結成され、SOSの電話一本で、手の空いた隊員が坊守の応援に駆けつけるのだそうだ。

 体調の悪い坊守にとって、何よりもありがたい支援だ。もう何回お世話になっただろう。この前も正月の準備のため、「特製うどん」持参で駆けつけてくれた。 そのうどんが美味かった。

 「住職おたすけ隊」もあればいいのにと言ったら、南無の会の友人が快諾してくれた。ただし、葬儀や法事が終わり、「おとき」の席について、お酒をすすめられ、お布施をいただく直前に「住職おたすけ隊」の出動だという。
そんなアホな !


【 ミステリー V 】  

 またまた出た「鐘楼の謎パート2」

 鐘を吊る鋳物の金具は、今までのものを再利用しました。金具上部にあいた横穴のくさびをとって、下に抜こうとしたところ、頭が大きくて抜けません。結局、材木を切り刻んで金具を取り出しました。

 頭から差し込むことは不可能、鋳物ですから先のほうから差し込んで、後で曲げることはこれもダメ。ハリの木材には加工した痕跡はまったくありませんでした。

 恐るべし、明治の職人芸。これを考えると、また夜も眠れません。棟梁と設計士が、それこそ夜も寝ないで、この謎を次号まで解明する予定です。


【 ミステリー V(上記) の回答 】  


鐘を吊る鋳物の金具は、上にも下にも抜けない。木には細工はない。どうやって入れたのか?
  このたび、クレーンがあるうちに鐘堂の屋根造作の前に鐘を吊り下げてしまいました。鐘を吊る鋳物の金具は、再利用しました。もちろん、穴を大きめに開けて下から差し込みました。

 ところで謎の真相です。よく見ると、写真の手でにぎっている上のあたりに溶接した痕跡がありました。上から差し込んだ後で下の曲がった部分を溶接したのです。

 なおも謎が残ります。溶接したのなら、1300度の熱で木に焦げた跡があるはずなのに、それが全くないことです。

 設計士によると、材木を砂に埋めて溶接すれば、可能だが、なぜそこまで手の込んだことをしたのか以前不明です。

 いずれにしても、114年の金具は、等運寺建造物の中で一番古いものとなりました。


【 三十五日 】  

  この地域では、葬儀の直後に三十五日(五七日)法要を勤める習慣がある。何故、初七日より早く勤めるのかと聞かれることがある。

 これは、中国で成立した『十王経』(お釈迦さまの説法ではないから、にせのお経)に由来するらしい。

 一七日から七七日まで7回、さらに百ヵ日、一周忌、三回忌まで、計10人の王さまによって、地獄行きか極楽行きかを裁かれるという。その中で三十五日目(五人目)の閻魔大王には、ごまかしは全くきかない。浄玻璃の鏡に生前の悪行がすべて映し出されるからだ。

 そこで、遺族は閻魔大王に届けとばかりに三十五日の法要をいち早く勤めると、「本来は地獄行きだが、遺族に免じてカンベンしてやろう」となるらしい。

 落語みたな話だが、仏法聴聞のご縁の場として受止めたい。


【 ミステリー U】  鐘楼堂の謎。 (もしくは、地下鉄の電車はどうやって入れたのか?)

  鐘楼の設計には「常識」それに「標準」とがあるそうです。
 「常識」とは本堂とのマッチングです。本堂が銅板の平葺きですから、鐘楼が入母屋造りの瓦葺きでは、鐘楼の方が立派過ぎてミスマッチとなります。したがって、シンプルな切妻(箕甲)銅板葺きとしました。

 「標準」サイズの基準寸法となるものは、そこに設置される「釣鐘の直径」といわれています。柱の間隔は直径の約3倍などですが、「常識」と同様、さほど重要ではありません。

 けれども、唯一無二の重要なサイズは、4本の柱の最下部を横につなぐ地貫(じぬき)の高さです。この高さが釣鐘の直径より高いことが絶対条件です。
 なぜかというと、完成してから釣鐘を下げる時に、横に転がして中に入れるための高さが必要だからです。

 そこでミステリー。先日、解体する前に釣鐘を下ろして転がし出そうとしたところ、地貫が10pほど低くて外に出せませんでした。 
 結局、地貫を切断して出しましたが、昭和17年に戦争に供出した時、また25年に購入して下げる時にどうやって出し入れしたのでしょうか。大工さんたちと謎解きをしましたが、わかりませんでした。

 鐘楼の木部は114年間同じ寸法ですし、当時は特殊な重機もありません。地貫は解体しない限り取りはずすことは絶対にできません。

 この謎、解決できる方いらっしゃいますか? 名探偵 コナンなら、この難事件を解決できるかも。これを考えると夜も眠れないんです。 (真相は次号に!)


【 ミステリー U(上記) の回答 】  

 何人かの方から奇抜な推理をいただきました。はたして、その真相は。

 昭和25年10月に、鐘を吊り下げる時、当時25歳の母は、たくさんの来客の接待で忙しく、その場面を見ていなかったとのことです。

 これで迷宮入りとなるかと思いました。が、ふと 「土台回りと縁はモルタルだったけど、上部全面はまだ土だった」ことを思い出しました。

 それで解決。縁は高くてもその内側が10pほど低かったので、鐘を転がして入れることができたのでしょう。その後、上部もセメントを流し込み、縁と同じ高さにしたものと思われます。


ミステリー T 】  幻の「茨曽根城」の遺跡

 奥座敷の改築工事が始まりました。地盤が軟弱なため、土壌改良をし ています。

 ところが、等運寺の建造物としては記録がない場所の地下1・5mから、20p×2mの杭が6本ほど出てきました。 この杭は何なのでしょうか? 

 中世代に茨曽根(当時は新飯田地区も含む)に「茨曽根城」があり、「神子田」という城主がいたという記録があります。(その場所は、いまだ不明です)。

 寺のある地区は「館(たて)」といい、昔「館」があったからだとの言い伝えもあります。だとすれば、「(埋蔵)文化財保護法」によって工事がストップさせられてしまうのでしょうか?

 一時は中世代の「幻の茨曽根城」の遺跡かと思い、あわよくば財宝でも出やしないかと興奮しましたが、残念ながら大工さんの経験と、周囲の状況から間違いだと判明しました。

 約80年前、座敷と土蔵を建てたとき、土盛り用の土をとった跡に池ができました。土蔵が池の方に傾かないための土留め用の杭だったようです。そういえば、30年前まで裏庭にも池があり、今では天然記念物(?)となった「モリアオガエル」がたくさんたまごを生んでいました。

 昔は、土盛りと池とはワンセットだったそうです。なるほど、本堂前の池も、鐘楼の土盛と築山の土を採った跡だったんですね。かなり大きな池がありました。「ありました」というのは、50年ほど前に保育園を始めるときに3分の2ほど埋め、残りを3年前に完全に埋めてしまいました。

 残念ですが、仮に財宝が出たとしても、地下30cm以下にあった埋蔵物の所有権は、国にあると聞いたことがあります。


【 アミダ く じ 】

 PTAの役員選出で、よくつかわれる方法が「アミダくじ」。事前工作があるかもしれない投票より公平感があり、だれにも文句が言えないからだ。
 「アミダくじ」のいわれのひとつは、「阿弥陀さまの功徳はすべての人に平等であるから」という。もう一つは、昔は放射状に線をひいた。その形がアミダさまの光背(後光)に似ているからというもの。階段状に横線を入れるようになったのは、後のことだという。

 意外なことに、辞書によると「アミダくじ」とは、出資する人数分の線の先にそれぞれ金額が書かれていて、当たった金額を出資するという趣旨のくじだった。当たれば儲かるのが「宝くじ」で、当たれば「させていただきます」といのがアミダくじということか。

 誰に当たるか「お釈迦さまでも気がつくめェー」と思っていたが、これはまったくの俗説らしい。もっとも、「阿弥陀さま」と「お釈迦さま」は、描かれているお姿はそっくりだが、全く違う。


【 おシャカ だ 】

 失敗作やダメになったことを「おシャカになった」という。これは、江戸職人のシャレことば。江戸っ子は「ひ」と「し」の発音がおかしい。新潟県人の「い」と「え」の発音がおかしいのと同じだ。火鉢を「しばち」、布団を敷くを「ひく」といい、鮭を「しゃけ」と言う。

 さて、あるとき、江戸っ子の職人がハンダ付けをしていた。ところがハンダゴテが熱すぎたので、ハンダがうまくコテにのらないで失敗した。そこで、職人は言った「火が強かったか」と。 その発音は「シが強かった」だ。「シガツヨカッタ」、「シガツヨウカダ」で、「4月8日だ」となる。

 ご存知のとおり4月8日はお釈迦さまの誕生日だから、職人が失敗すると、シャレ言葉で「お釈迦になった」と言われるようになったという。ウソかホントか? お釈迦さまもさぞや迷惑なことだろう。


【 3年先のけいこ 】

 先発投手が不調とみると、急きょリリーフ投手の登板となる。アメリカ大リーグを見ていると、先発よりリリーフ投手の方がはるかに球が速い。彼らは観客の見えないブルペンで、いつでも登板できるように十分投球練習を行っているからだ。

 3月に、急きょ「法話のリリーフ」依頼があった。3日間、計7時間30分のロングリリーフ、それも前日夕方の依頼だった。リリーフであれば、先発投手よりするどい球筋で投げなければならない。

 ところが、日頃のトレーニング不足で肩も十分出来上がってはいない。したがってコントロールも定まらずメッタ打ち、散々だった。野球であれば1人のアウトも取れないで「ピッチャー交代」となるところだが、法話の場合はそうはいかない。

 「一夜漬け」は、やっぱりダメ。相撲取りにいたっては「3年先のけいこ」をするという。


【 I T ぼけ 】

 
先日ひさしぶりに東京へ行った。指定のホテルまでバスは不便、そこでタクシーに乗った。

 「○○ホテルへ」。とたんに運転手が言った。「お客さん、道順を言ってください」(よくわからないから、タクシーに乗ったんだよー)。仕方がないので記憶をたどり、「その通りを右に曲って、3キロほど先のナントカ2丁目か3丁目を右に行ったホテルです」。

 そしたら、「お客さん、そのへんは△△ホテルしかないですよ」ときた。「ゲッ!」。3車線の通りを、ナビを操作しながら高速で突っ走る。カーナビを見ながら「ほら、そんなホテルはないでしょ」(オイオイ、走行中はナビは操作できないんじゃないの。前も見て運転しろよな)。

 でも無事ホテルに着いたら「私の勘違いでした」と謝罪のことば。カーナビのおかげで道を覚えない運転手が多くなったと聞いた。便利だけど、あまりマニュアルを信じちゃあいけない。どの業界でも同じです。