「にいだ」のこと


在野の鬼才、野末浩一郎(ペンネーム)が
新飯田の怪僧「有願」(うがん・1738〜1808)を小説化!
この小説が、燕市の図書館に眠ってしまうことを惜しみ、ここにご本人の了解を得て公開!

 
    小 説 『 雷 鳴 』      野 末 浩 一 郎

      (1)

 夏の日の暮れるのは遅い。隣の芝治のおかかが夕食を下げていってから大分になるというのに、日はまだあかあかと障子を照らしている。
 文化5年(1808年) 旧暦7月の末、73歳の有願(うがん)は、戸障子を開け放った庫裏へ差しこむ夕日の中に、ふと日をさました。新飯田村、円通庵の庵室へ続く庫裏には、有願が寝付いた半月前からの病臭が、どうしようもなくよどんでいる。病気知らずで「だるま」とあだなされた肉厚な体も、僅かの間に別人かと思うほどやせ衰えていた。現に先ほどの夕食にも手を付けていない。
 有願はもう自分の余命を悟っていた。
(あと2、3日か、わしの命も。それにしてもいったい良寛はどうしたのやら、もう来てもいいはずなのだが…)
 じりじりする思いで有願は良寛を待っていた。かねてから自分の入寂の時の引導は、良寛に渡してもらおうと決めていた。口に出したことはないが、良寛もそのことは心得ていたと思っている。
(良寛よ、早くきてくれ、それまでわしは死ねんのだ)
 夕日が夕闇に変わりつつある、月の出はまだ早いだろう。




 ここ新飯田村のすぐ隣、三条町との間の代官島で庄屋を勤める田沢孫右衛門の長子に生まれた有願が、仏門への志を立てたのはまだ10代そこそこの頃であった。いかなる発心によるものか知るよしもないが、後に22歳の年齢差を超えて心の友として結ばれた良寛が、同じ出自であったことを思うと、単に奇縁の一言で済まされないものがこの二人にはあったようである。酒が取り持った出会いでさえ、何かの約束事といえるかもしれない。



 その日、托鉢(たくはつ)の足をのばした有願は地蔵堂村の造り酒屋中村権左衛門の店先で、歩みを止めていた。卸し売りのかたわら升酒も飲ませると聞いていたので、酒好きの有願はためらうこともなくのれんをくぐって中へ入った。
 まだ日の高い時刻なのだから、客は自分一人と思っていたら先客があった。それも何と、同じほこりまみれの坊主である。縁台に鉢の子と錫杖(しゃくじょう)が置かれてある所をみると、やはり托鉢の途中らしい。いかにも酒好きらしく、升をかたむける姿も板に付いていた。こちらも負けずにと有願がぐびぐびやっていると、先客の坊主が、いやにまじまじと有願の顔をみつめてきた。
「酒屋で酒を飲むのがそんなに珍しいのか」
 いささかしゃくにさわった有願が声をあらげると、坊主はあわてて手を振った。
「何の、何の。飢えれば食い、渇けば飲む。天地自然の理でございましょう。ただ、世には似たような者がおるものだと思ったもので」
 その坊主が良寛だったのだ。
「お互に出家の身でありながらか……」
 二人は声を合わせて笑った。有願の胸にしみ入るような良寛の笑顔だった。
 若い。親子ほどの違いはあるはずなのに、なぜか有願は良寛にひかれていった。俗にいう一目惚れというものなのだろう、酔ってますます話ははずんできた。良寛がどみうしてこの店にとおかみのおむらに尋ねると、甥だという。
「酒が好きで、托鉢で近くまで来ましたものですからと寄りますが、本音は酒が目当てなんですよ。まさか甥っ子から勘定も貰えませんしね」
 と笑いながら話してくれた。ご本人の良寛はそしらぬ風情で、相変らず升をかたむけている。有願はそのひょうひょうとした人柄に、胸の奥がじんわりと暖かくなってくるのだった。
「良寛さん、遊びましょ!」
 だしぬけに子供の声が表からしてきた。それも大勢の声だった。
「おぅーい」
 良寛は飲み干した升を伏せると立ち上がった。
「有願さん、お名残り惜しゅうはございますが子供たちが呼びにきましたので、今日はこれで失礼させて下さい。またお目にかかる日を楽しみにしております」
 懐から手まりを取出した良寛は、あっけにとられている有願を残して春の道へ出ていった。子供たちがまつわりついて行く。
「手まりとは驚いた」
 有願が言うとおかみはまた笑った。
「そうなんですよ。手まりをついたり、かくれんぼしたり。どっちが遊んでやっているんだかわかりやしない」
 賑やかに遠ざかり行く良寛と子供たちを見送る有願の顔にも、いつかほのぼのと微笑が浮かんできた。



(あれからの付き合いだからもう大分になる。知れば知るほどわしは良寛が好きになっていった。こんなにうまが合うのはむしろ、わしと良寛が正反対であったことが良かったのかもしれない。たとえるなら、わしが秋風で良寛が春風、いや、わしは暴風かも知れんて…。禅門の教義の解釈でもよく対立したものだが、わしのいどむ議論も良寛にかかっては柔らかに受け流されて、いったい22歳の年長者とは、彼のことではなかったかと思わせてしまうのだった。まさに脱俗の境地にあったと思われる数々の思い出も懐しい)
 有願は思い出に疲れたか、ようやく眠りについた。いつの間に月が出ていたのか、病床の枕辺にも清らかな光が差しこんでいる。



 新飯田の村の人たちにとって有願は、必ずしも良いことだけの存在ではなかった。する事の正しさは誰もが認めているのだが、やり方がやり方だった。村の子供たちに字を教えてくれることは有り難いのだが、寒中の露天に荒むしろ一枚で座禅を組ませる。女の子だとて手加減はしない。あまりの激しさに親たちの方が悲鳴をあげてしまった。
「有願さま、いくら何でもひどすぎる。風邪でもひいたらどうしてくんなさる」
 口をそろえて談じこんでも、
「ばかどもが!お前たちがそんなだから、わしが仕付けてやるんだ」
 まるで有り難く思えと言わんばかりに澄まし返っている。とうとう庄屋さままでかつぎだして、ようやく勘弁してもらったほどなのだった。
 有願の気性の激しさは行住座臥、すべてのことに及んでいた。自分の描いた「だるま」の絵の眼光が今一つ気に入らぬからと、寒中の水風呂へ飛び込んだ話はその代表ともいうものだった。なるほど、考えたものである。自身、だるまとあだなされるほど風貌の似た有願が、身を切る冷たさに歯を食いしばって耐えれば、その眼光はまさに面壁の苦行のだるまそのものであったろう。
 しかしこの事は村の口さがない若者が付けた「雷坊主」の外に「気違い坊主」という新しいあだなを加える元となってしまった。
 まったく正気の沙汰でないといえばその通りかもしれない所業であったろう。つい、この間まで続けていた道普請などもそう言われていた頃があった。



 円通庵から中の口川への渡し場へ通う道、神明宮の前の宮小路、有願は托鉢で得た浄米を越前石に替え、勤行や托鉢の合間に一人で黙々と石を敷いていった。雨の泥道で悩む村人たちのためと始めた事だったが、誰一人わかってくれようとしない。それどころか敷石の角にけつまずいて転んだ村人から、
「またあの気違い坊主が、まったく何をするこんだやら。いい加減にしやがれ」
 と、苦情さえ出る始末だった。
 それでも1ヵ月2ヵ月と、越前石の石畳が長さを増してくる頃になると、鈍感な村人たちもやっとわかってきたようだ。
「雨の日もぬがらんで歩けっし、着物も汚んねえていいあんべえらの」
「そうらて、こないだも大島の親戚が遊びにきての、新飯田の道あ、たいしたもんだと褒めていった。まんれ、お宮の道みていらと。おらも鼻が高うての」
 誰からともなく有願の道普請を手伝おうという声が出てきたのは、当然のことであり、むしろ遅すぎたくらいであった。丁重な村人たちからの申し入れだったが、有願は言葉やさしく断っていた。
「何も、今頃になってなどと思っているわけではない。お前さんたちの気持ちはしみじみ有り難く思っている。だが、どうかわしが始めたこの仕事を、これからもわし一人でやらせて下され。それがわしの村への恩返しなのじゃ」
 それでは悪いと、もじもじする村人たちに、有願は頭を下げ言葉を重ねて言った。
 「これはわしの道楽じゃ。切角見つけた道楽を取り上げられては、托鉢へ出る張り合いものうなってしまう。どうか助けると思ってわしに続けさせて下され、お願いじゃ」
 ひょうきんな言い方で、笑っている有願に釣られて、村人たちも笑った。和やかな雰囲気が生まれて村人たちも快く帰っていった。有願は自分が変ってきたと思う。
(良寛に会う前のわしなら、とてもこんな穏やかな言い方はできなかったろう。目的が正しければ手段は問わずという強引さを、むしろ誇っていたものだった。良寛の、すべてを包みこむ、あの大らかさが、近頃のわしを変えたものだろう。といっても雷坊主のわしの性根は変らない。まあわしはわしだ。良寛のひょうひょうたる風姿を敬愛しこそすれ、自分は自分らしく生きてくるしかなかった)
  うつら、うつらの回想に刻は移り、月は8月に変り、日は2日を迎えていた。一段と顔色の衰えた有願の耳に、円通庵の屋根を過ぎる夜がらすの鳴き声が聞こえてきた。




      (2)

 国上山の峯にかかる霧がうすれて、山鳥の鳴き声が澄んで聞こえると、五合庵の一日が始まる。いつもなら勤経の声も漏れてくるはずなのに、板戸の内はひっそり静まっていた。
 良寛はまだ起きていない。いつにないことだったが、かわいがっていた能登屋のおかのの嫁入り振舞に招かれて一晩のつもりが、また一晩となって、ようやく昨日の晩、島崎から帰ってきたばかりだった。床をとるそうそう寝ついてしまったのは、この3日間の酒びたりのせいだったろう。良寛は夢を見ていた。夢の中は春の季節だった。



 春風に誘われたのか良寛は鉢の子は持たずに、錫杖だけを鳴らして五合庵を立ちいでた。今日は托鉢は止めにしたらしい。足が熊の森村の方へ向っているところをみると、どうやら新飯田の有願を訪ねる気のようだ。熊の森村まで出れば後は川に沿って下るだけ、桃の林に囲まれた新飯田村の田面庵までは、何ほどの道程でもない。
 良寛は自分も有願もかっては学んだ玉島の円通寺と同じ庵号をいやがって、勝手に「田面庵と呼んでいた。いかにも田園の中の庵室らしい伸びやかな感じがして、気に入っていた。木立の深い国上山はまだ冬の気配を残していたが、里はもうすっかり春の風情に包まれていた。花は咲き、草は青み、小川の流れもいきおいづいてきていた。百日余りも馬屋に閉じこめられていた馬が、外へ出たがっているのだろう、方々でいなないている。
 良寛はうららかな日の光に目を細めながら、有願のことを思っていた。
(どうも有願さんには、会えば必ずといっていいほど『のめし坊主』とやられる。もっとも、笑いながらの口調だからたぶんからかっているのだろうが、本気でそう言われようと腹は立たない。常に衆生済度の一念で行動している激しい気性の有願さんから見れば、何もしないわしなどはまったくの『のめし坊主』なのだろう。この世にこれという目的を持たぬ、いや、あえて目的を持つことを避けてきた私だった。生きる姿は大きく違っていたが、一陣の雷鳴にも似た有願さんの一喝は、私には快く凛然たるものだった……)
 燕を過ぎて潟東の村が見えてきた頃、中のロ川の堤を行く良寛の花に酔った心は一篇の詩を生んでいた。

  桃花如霞挟岸發  桃花かすみの如く
               岸を挟んでひらき
  春水若藍達村流  春水あいのごとく
               村をめぐつて流る
  行傍春江持錫去  ゆくゆく春江にそうて
               しゃくを持してゆく
  故人家在水東頭  故人の家は
               水の東頭にあり

 良寛は思わずにっこりとしてしまった。「花を看て田面庵に到る」と題した詩は、有願に示しても恥ずかしくない作だと正直思っている。早く会いたいものだと渡し舟を降りた良寛は、桃の花咲く道を円通庵へ急いでいた。
 境内に入ると村の子供たちがまりつきをして遊んでいる。女の子だけでなく男の子も混じっていた。
「庵主さまは留守らいの」
 がき大将らしい男の子が良寛の姿を見ると、ぶっきらぼうな口調で言ってきた。
「そうらかの、どこへ行きなしたろかの」
 良寛は気にもせず、やさしく顔をほころばせてたずねた。
「めいんち、昼からは托鉢にいがっしゃるだ」
 それっきりそっぽを向いている。良寛は笑顔を崩さず、懐から手まりを取り出した。
「なじらのう、わしも仲間に入れてくれんか」
 幾重にも色とりどりの糸で巻きたてた手まりは、貧しい村の新飯田の子供たらが目にしたこともない華やかなものであった。
「わあーつ、きれいら一つ」
 女の子たちはさすがに美しい物には目がない、先を争って良寛のそばへ駆け寄ってきた。黒い木綿糸の手まりしか知らない子供たちには、まるで天女の持ち物と見えたのだった。
「どうじゃきれいじゃろ、これで遊ぼう」
 女の子たちは一斉に、こっくりうなずくと良寛をとり囲んだ。と、そのようすに反感をそそられたのかさっきの男の子が、大声で叫んだ。
「ならたち、ざっこすきしねぇか」
 するとどうだ。男の子ばかりかさっき良寛のそばへ寄ってきた女の子までが、後を追って一人残らず行ってしまった。子供たちはたまにしか見掛けぬ良寛には、なかなかなついてくれない。あきらめて懐に手まりをしまうと、がらんとしてしまった庵の緑に腰を下ろした。あたりを見回すとこの附近はことに桃の木が多い。薄紅色の花は円通庵の裏手から三条街道の方へ、綿を伸ばしたように広がっていた。うららかな日差しが良寛に快い場所をつくつていた。
(有願さんとの付き合いも何年になるだろう、知るほどに好きになるお人だ。鋭気、剛気、私が持たないものだけに有願さんの人柄に引かれる。ある場合は見であり、時として父の如く思われ、失礼ながら友のようでもあった。私にはもう、かけがえのないお人である……)
 突然日差しがさえぎられた。目を上げると托鉢姿の有願が笑顔で立っている。
「国上のカラスが花に浮かれて飛んできたか」
 大口をあけて笑っている。色の黒い良寛を有願はよくこう言ってからかう。
「新飯田のだるまさんも外へ転げ出ましたか」
 二人が声を合わせて高笑いするようすを、有願に付いてきた子供たちがポカンと見ていた。
「良寛よ、こんな良い日和りに庵の中でもあるまい。歩きながら話そう。ところで托鉢の途中でこんな歌を拾った、聞いてくれるか。

 ふるさとは もものはやしに うしのこの あそぶのみにて みなたがやせる」

「平凡ですな」
 良寛がそう答えると有願はまた笑った。
「そう言うだろうと思っていた」
 春の空はどこまでも青く澄んで、二人が連れ立って行く堤の道にゆらゆらと陽炎がもえていた。



 夢は朝日に融けて、五合庵を巡る鳥たちの声がかますびしい。
「夢か……」
 とつぶやいて、良寛は床の上へ起き直った。この春の思い出がこうまで忘れられぬものとなっているのかと、心の中に占める有願の大きさを改めて知った。
「今度はわしの方から訪ねて行こう、地蔵堂の酒も恋しくなったからの」
 あの時笑いながら約束してくれた有願さんだったのだが、その後はさっばり音沙汰なしである。まさかとは思うがと、不吉な気がしてきた良寛の目に、閉め切ってある板戸の透き間へ、朝の光とは違った白い物が差しこんであるのに気付いた。手紙らしい。
 胸騒ぎを押さえながら、急いで手紙を開いた良寛の顔がみるみる青ざめてきた。手紙を持った手がわなないている。三日前の日付けになっているその手紙は、天命を悟った有願が良寛に引導の導師役を依頼したものであった。
(ああ、知らぬとはいいながらこの三日間、私は能登屋の振舞酒に溺れていたのだ。申し訳ない有願さん、どうか私が行くまで待ってて下され。生きていて下され)
 良寛の涙がこぼれて手紙の文字がにじんだ。
 身ごしらえもそこそこに、汗をぬぐうのも忘れて、熊の森や燕の村々を駆けぬけた良寛が、ようやく息をついたのは新飯田の渡し場の旗が見えた時だった。夏の日は高々と空にかかっていて、時刻はもう巳の下刻を過ぎた頃かもしれない。客は良寛だけだったが船頭は快く舟を出してくれた。
「おっかねえ人らったろも、えれい人らったの」
 素朴な船頭の賛辞もこれが平常の時ならばうれしく聞けるものをと、良寛は生あるものの必ず迎える死について思っていた。この春一緒に眺めた桃の花も、今は濃緑の葉を日に輝かしている。円通庵への道や境内は、詰めかけた村人たちでびっしりと埋まっていた。有願に座禅や習字を教えてもらった子供たちが、涙で顔をぐしやぐしゃにしながらも良寛を見つけて声をあげた。
「良寛さまだ、国上の良寛さまがきなした」
 その時子供たちをかき分けると、立派な風采の老人が前に出て頭を下げた。
「良寛さまですか、お待ちしておりました。私は有願の弟で田沢家を継いだ孫右衛門と申します。実は今朝方、兄が、『わしの引導を渡してくれるのは良寛一人だけだ。外の者はみんな家へ帰れ』と言いだしまして、私が残ろうとしましても『わしは俗縁を絶って田沢家を出た身じゃ、孫右衛門お前も帰れ』とこうでございます。言いだしたら聞かないあの気性ですので、仕方なくこうしてあなたさまをお待ちしておりました。どうかお上りになって会ってやって下さい。お願い申します」
 戸・障子を全部取り払ったがらんとした庫裏には、有願一人がよこたわっている。だるまとあだなされた大きな体が、うそかと思うほどの薄さで良寛の目にとびこんできた。
(これは……)
 そば近く見る有願の顔は肉がげっそりと衰えて、この春に会ったときの生気に満ちた面影はどこにもない。
(人間、最後の相とはかくも無残なものか……)
 良寛は諸行無常と念じながら、わずかの間に変わり果てる人の命のはかなさに、胸がふさがれてくるのだった。
「有願さん、良寛ただ今参りましたぞ」
 心からの声が聞こえたか、どうか、落ちくぼんだ有願のそれまで閉じられていた目が、かっと見ひらかれた。一瞬、かって水風呂につかった頃の激しい眼光がよみがえったが、一転して仏のような穏やかな眼差しに変わってきた。有願は一言、
「りょ、う、か、ん」
 とかぼそい声で息を吐くように言っただけで、それっきり口をつぐんでしまった。すでに死は目の前に迫りつつあった。
(有願さん、もうお別れです。この上は安らかに、ただ安らかに……)
 良寛が声低く偈を唱えはじめると、待っていたように有願の目が静かに閉じられていった。合掌一礼した良寛が、
「ただ今有願禅師が入寂なされました」
 と告げると、境内にはどっと悲しみの声が湧きあがってきた。良寛は声を励まして続けた。
「悲しむことはない。禅師は今、俗塵を離れて無量の浄土へ旅立って行かれたのだ。心より送って下され」
 きせずして庵を埋めた村人の聞から、潮の高まり行くように念仏が称えられていた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
 それぞれの宗旨は違っていても、有願の冥福を祈る人々の心に変わりはない。一段と激しく海鳴りのごときその唱和が、天空へも届いたとみえたその時、突如として円通庵の空に黒雲が現れてきたと思う間に、みるみる広がってきた。昼の光に包まれていた境内は時ならぬ薄闇におおわれて、耳を破るばかりの雷鳴がとどろき、電光が閃いてきた。時ならぬ雷鳴は「雷坊主」有願が激しかった気性そのままな仕方で、村人たちの祈りに答えたものだったのだろうか。合掌したまま立ちつくしている良寛の耳には、黒雲の中から
「生ある物、必ず滅す。喝!」
 と懐しい有願の大音声が聞こえてくるようだった。雷雲の去った円通庵の空には、また夏の日差しが戻ってきていた。

                                

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