(2001年9月)     
 吉 と 淀君】 

 我が家のオスの黒猫のもとに、メスの子猫がどこからかやってきた。それこそ舐(な)めるように可愛がっているので、仕方なしに飼うことになった。

 この際、年老いた黒猫を「ヒデヨシ」と改名し、うら若きメス猫を「ヨドギミ」と名づけた。ついでに、いまだ黒猫の威光にひれ伏してはいるが、ひそかに覇権をうかがっているお隣のオス猫を、勝手に「イエヤス」と呼ぶことにした。

 ネコは、人間から『畜生』と蔑
(さげす)まされてはいるが、本当に困っていれば無視≠ニいう形で助け合っているものだ。ケンカで大怪我をさせても、殺し合いというのは聞いたことがない。そんなことをすれば、それこそ「恥知らず」「人間のようなネコ」と猫仲間からののしられることだろう。

 この頃、信じられないような事件の連続だ。でもよくよく考えれば、少なくともこの4000年は、それが「人間」の証であるかのような人間同士の殺戮の歴史といっても過言ではなかった。

 釈尊は、自らの内にも外に対しても、深く羞恥する(恥じる)心がないものは「人」とは言わず、「畜生」というのだと『涅槃経』で教えられている。

 殺戮の歴史の中心にいた「秀吉」「淀君」と名づけるのはネコに失礼だから、カタカナにした次第。
                                               


                                          (2001年8月)     
 【凄いぜ イロー】 

 シアトル・マリナーズのイチローが凄(すご)い。強肩・俊足・華麗な守備・シュアなバッティング、全世界から集まった大リーグの選手の中にいても、やはり「超」がつく一流の選手といえるだろう。

 今は、やや調子をおとしているものの、いくつかのタイトルを獲得する勢いだ。ところで、タイトル獲得についてのインタビューで、その答えが、ただ者ではないことを物語っていた。
 「相手があることだから、自分でコントロール出来ることではない。だから考えないことにしている…」

 ウーンこれは真理だ。私たちは自分の力ではどうにもならない事を、どうにかしようとして悩み、また思い通りにならなかったと苦しむ。考えれば、人生のほとんどが私自身の思いを超え、自分ではまったくコントロールできないことばかりだ。

 私の思いを超え、コントロールできない究極の苦しみに、生老病死がある。ところがこれは、お釈迦さまが、人間存在の尊厳性を言いあらわすための手がかりとされたもの。
 私の思いを超えて生かされている「いのち」、すなわち「他力」ということが最大のテーマであって、「苦しみ」は如来さまと出会うための大事な「ご縁」らしい。
                                              


                                         (2001年5月)     
 【一 抜いては …】 

     佐渡のカンゾウ

 昨年秋に、孟宗竹の竹林をすべて伐採した。今春には、墓地と、前・中・裏庭の藪椿、玉椿、黒松、槙など50本以上を伐採し、ご近所迷惑をかえりみず、裏の畑で焼却した。

 除草剤も、既に全域に4回散布し、前の庭だけだが、瀕死状態の草を引っこ抜いて、これも燃やしてしまった。すべて、掃除を楽にし、墓地と境内の景観を守るためであった。

 ところが、草を一本一本抜きながら、15年ほど前に読んだ本の、こんな話を思い出した。「ある老婆がしゃがんで草取りをしながら、なにやらブツブツ言っている。何を言っているんだろうと近寄って聞いてみると、一草抜くごとに『ナムアミダブツ』と称えていた」と…。

 自分の都合で、他の「いのち」を奪って清々している。まして大量虐殺だ。そこには懺悔
(サンゲ)の心はひとつもなかった。
 結構手伝ってくれる長男は、除草剤散布だけは「環境に悪いから絶対にしない」と言う。それが詭弁かどうかは別にして、ますます「手伝え」と言えなくなった。
                                              


                                        (2001年3月)     
 【 「部落」 別に学ぶ …】           (同和研修会案内に添えて)

 新飯田地区恒例の運動会。幼児から80歳のお年寄りまで参加する一大イベントだ。昔、通りがかりの進駐軍兵士も飛び入り参加したというから、もう50年以上も続いているのだろうか。
 この行事の中で、「部落対抗」競技があり、生活の中でも「部落」という言葉が自然に使われていた。ところが、数年前から一斉に「地区」または「自治会」という言葉に代わってしまった。

 そこのところをある会議の折に尋ねてみた。「そのように名称変更したのはなぜか?」また「その理由を全市民に説明したのか? まだだとすれば、今後学習の機会をもつのか?」と。
 その答えは「当市においては、その(同和問題の)ような学習はそぐわない」であった。

 差別的用語を使わなければよいといことだけでは、ますます差別意識を潜在化させるだけだ。歴史的にも民族的にも、何の根拠もないことを学び、差別された人々の現実問題に憤りを感じ、共に涙することなくして問題の解決はありえない。

 仏教では、行動(身)や言葉(口)よりも、思うこと(意)のほうが深い煩悩とされている。
                                                



                                         (2000年11月)     
 の季節 】              

  年末ともなると、毎年いろんな方面からカレンダーをいただいている。きれいな風景写真、水墨や人生訓、贅沢な日めくりまで、趣向をこらしたカレンダーが楽しい。

 ところで、先日ある宗派の議会で、一人の僧侶が、宗派の暦ならば、大安・仏滅などの「六曜」や占星術、運勢欄など、迷信や俗信にあふれたものを発行すべきではないと発言し、宗派当局との論戦の結果、とうとう物別れに終わったとあった。(朝日新聞「こころ」)正直、驚いた。
 他の諸宗派も「私たちの信仰とは、直接のかかわりはありません」と、仏教と無縁のものであるとしながらも、その記載をとりやめないのは、利便性と売れ行きを考えた苦肉の策らしい(同紙)とあった。

 親鸞聖人は「かなしきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ 天神地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす」と、『悲歎述懐和讃』で迷信の流行を嘆かれている。当然のことながら、真宗十派のカレンダーは、当然「大安・仏滅」などの記載はない。

 ところが、私自身のカレンダーと意識にはなくても、冠婚葬祭を中心に、以外にこの身に浸透しているものだ。
                                              



                                           (2000年8月)     
 (<弔>とぶら) ということ 】              

 父がいなくなって3ヵ月。情けないことに、精神的以前に、体力的にそのことの重大性がわかってきた。今まで分担してきた仕事、すなわち境内・墓地・畑の除草、本堂の花立、毎月5枚の伝道掲示に、4回の同朋会等々、 しかも常時スクランブル態勢だ。

 それでも、 父の往生を今でもありがたいことだと思っている。それは、肉体は苦痛に苛まれながらも、死への不安を最後まで聞くことはなかったからだ。「紺屋の白袴、医者の不養生、大工のあばら家、坊主の不信心」と言われたりもする。もしそうであったなら、父の70余年の生涯も、私の住職としての今後の仕事も、何かおかしなものになってしまう。

 京都時代の師が「親鸞聖人に学ぶということは、聖人が成されたことを学ぶのではなくて、成さんとされたことを学ぶのだ」と。よく覚えている。

 父が形に残してくれたことよりも、どう歩もうとしていたのか、その方向を、諸仏としての父にたずねながら歩みたい。それが本来の訪い(とぶらい = 今は「弔い」と書く)だと、1400年前、中国の道綽禅師がおっしゃっている。
                                             



                                           (2000年5月)     
 【 寺100号発行にあたり 】              


 この寺報は、足掛け17年と5ヵ月かけて、ようやく100回目の発行を迎えさせていただくことになりました。呆れもせずに読んでくださった皆様の、寛大なお心に感謝申しあげます。

 16年前、寺に帰った時、さっそく困ったことになりました。ワ−プロに向かったまま長時間、一文字も打つことが出来ないのです(それは、今でも同じですが)

 それは、学校で何も学んでこなかったか、もしくは現実とかけ離れたものしか学んでこなかったことの証左でありました。どんどん自信を喪失する中、寺報が配られたばかりの日に、広告紙と一緒にゴミと化しているのを見た時、さらにダメを押されたこともありました。

 それを父に言うと、父は「そんなのは当たり前だ。サッとでも見てくれる人が30%、一応全部目を通してくれる人が10%、じっくり読んでくれる人が5%未満と思えばよい。その5%の人のためにも寺報をつくれ」と言いました。一言もありません。

 お陰様で(自信のなさは当時のままですが)今では発行に技術的・精神的に協力してくれる方、積極的に投稿してくれる方、必ず葉書で礼状をくれる方、また毎号ファイルして折々読み直してくれる10数人の方々がいらっしゃる……。
その事実を励みとして、今後も『報恩』の発行を続けていきたいと思います。

                                               


                                         (2000年3月)     
  間 の 】              
  写真をクリックすると
       「ナヌムの家HP」へ


 今月7〜9日、三条教区主催の「交流学習会」で、韓国を訪問した。一行は大谷派の老若男女18人。高1の息子も是非にと、学校を休んでついてきた。訪問先は、元従軍慰安婦のハルモニ(おばあさん)たちが、その歴史的事実を世に訴えるために共同生活をしている「ナヌムの家」だ。

 日本官憲の強制連行によって「姓奴隷」として人生そのものを奪われた者の悲しみは、ここに表現することができない。また「戦後」を迎えても彼女らは、決して開放されたわけではない。日本政府は「強制」の事実はないとの公式見解を繰り返し、祖国からも、また家族からも見放されながら、歴史の亡霊のような立場にあるハルモニたちが、勇気ある告発を続けている。

 住み込みで、その人たちの世話をしている若い日本人女性がいた。またその日の午前中には、高山教区と三重教区の大谷派グル−プも訪れたのでお世話をしている韓国人の僧侶ヘジンさんから、「今日は、東本願寺がお休みの日ですか?」と聞かれたほど支援者は多い。

 ハルモニたちは言った。「日本人をうらんでいない。事実を認め、過去を清算したうえで、隣国の友人として仲よくなりたい」と。

 私たちは、単に戦時の日本人の罪を糾弾するということではなく、むしろ、私自信の本性というものを知らされた思いがして、一人の人間として恥じ、お詫びし、お礼を言って帰国の途についた。
          (詳細は、各同朋会で報告させていただきます)

                                             



                                        (1999年12月)     
 廊下で子を 】              

 長男が、春休みに屋久島を旅した。島といっても、屋久島は周囲100q、九州の最高峰・宮之浦岳(1935m)をはじめ、1000m以上の高峰が連なり樹齢、数1000年ともいわれる「縄文杉」を筆頭に、1000年以上の屋久杉が生い茂る、とんでもない島だ。

 縄文杉までは、ガイド付きでなければ行けない往復8時間の険しい行程。そこでどんな感動を得たのだろう。聞いても多くは語らない。とにかく人間の存在をはるかに超えた縄文杉の前に立った者でないと、どんなに言葉を尽くしても、その感動は共感できないものだという。その影響なのかどうか、長男は高校で山岳部に入ってしまった。

 ところで、近年山歩きをする高齢者が増えている。その目的の一つに「健康になりたい」ということがあるらしいが、脚本家ジェ−ムス・三木氏の唯一の健康法は「廊下で帽子をかぶる」ことだという。「ロウカでボウシ」つまり「老化防止」のシャレで、単に健康で長生きだけが目的ならばむしろ何もしないのだと、昨今の健康目的ブ−ムをやんわりと皮肉っている。

 健康も、金もうけも、長生きも、ひとつの手段であって、最終目的ではない。決して、その先の「大事」が見失われてはならない。「私が安心して座る場所(信心)をいただくこと」が「大事」と、先師は言われている……。
                                             


                                       (1999年11月)     
 天動説動説 】              

 この時期から冬にかけて、底冷えのする夜などは特に星空がすばらしい。オリオン座の「M42大星雲」、清少納言が『枕草子』の中でその美しさをたたえた「すばる」などがよく見える。

 ところで、そのむかし、太陽や星が、大地を中心にして天空を回っていると考えられていた。コペルニクスやガリレオの地動説は、ロ−マ教皇庁の強権で圧殺されてしまった。その時の宗教裁判の謝罪と、両名の名誉回復が正式になされたのは10年ほど前()だったと記憶しているから、それまでは、まだ天空が回っていたということになる。

 現代の某天文学者は「天動説は、原始人の直感的、情緒的感覚であった」と、ものすごいことを言っている。昔であれば、間違いなく火あぶりにされていた。 私たちは、いつも自分が世界の中心でありたいと願い、また、そうではない現実に苛立っている。本質は、天動説を願っているのかもしれない。

 ところが、そんな私たちでも、自分自身が問われてくるような「ご縁」をとおして尊い教えにあい、現実をそのままひきうけることによって、生き生きとした人生を歩むことができる。今この私がいるところがお浄土の中心だったと。ありがたいことに、信心の上においては天動説が成立する。

                                            



                                          (1999年9月)     
 本当に必なもの 】              


 独自のアイディアと良質の製品で、一代でトップメ−カ−になった会社がある。その会社の創設当初、やっと製品が売れて、初めて給料らしい給料が支給されることになった。全員の給料袋の中には、少しばかりの給料のほかに、社長直筆の紙片が入っていた。『欲しいものは買うな、必要なものを買え』と。汗と涙で手にした貴重なお金を無駄につかうなという警告である。

 確かに、テレビCM、通信販売、チラシ広告の大攻勢には、思わず消費意欲をそそられる。しかし、それらの製品は、あれば便利、簡単、格好がよく、欲しいと思うものばかりだが、冷静に考えれば、これがなければ絶対に困る、必要だというものは、ほとんど見当らない。

 1500年前の『浄土論註』には、迷いをいつまでも繰り返している人間の姿を、尺取虫が丸いお椀の縁を、必死に回り続けている姿にたとえられている。
貪欲の本能のままに、あってもなくてもどうでもよいものを、一生追い続ける人間…。

 私たちは、一生かかって築き上げた財産どころか、自分のからださえも捨てなければならないときが必ずやってくる。
 この人生は悔いなし、人間に生まれてよかったといえる喜びという、本当に「必要なもの」を手に入れることができるだろうか ?

                                           



                                           (1999年3月)     
  かじり 】              


 ようやく受験シーズンが終わろうとしている。だが、親は喜んでばかりいられない。月々の生活費のほかに、入学金、授業料、携帯電話にエアコン、冷蔵庫……。自宅通学ならば、今や車は常識だそうだ。当分の間、子どもに脛をかじられる痛みに、じっと耐えていかねばならない。

 ところが近年「脛かじり」は、子どもではなくて、親のほうだという警告がある。それは、大気と土壌の汚染、オゾン層破壊、乱獲に乱開発……。子どもたちに残さなければならない掛け替えのない生活環境を、私たち大人が破壊し、次世代を犠牲にしながら生きているからだという。まさに「子どもの脛を親がかじっている」ことになる。

「死をもってすべてが終わる」という、見たままの事実でしか「いのち」をとらえられなくなったのは、科学的思考の罪である。それが「どうせ死ぬなら他人の迷惑顧みず、おもしろおかしく」という、次世代への無責任さとは決して無関係ではないだろう。

 お釈迦さまは、如来の願いの世界のことを「いのち」(寿命無量の願)と言いあらわされている。私だけのものではない「いのち」、限りのない「いのち」の中を生き、生かされていることに目覚めたならば「子の脛をかじる」ことはできない。

                                           



                                        (1998年11月)     
 の心得 】              


 私はトマトが嫌いだ。なぜならあの甘酸っぱさが、いつも食後の満足感を台無しにしてしまうからだ。だから、家では当然食べないし、外食ならば、トマトは赤い飾りものだと思っている。

 ところが、人様の家で食事をいただく時はそうはいかない。食べ残すことはできないし、酸っぱさを食後までひきずりたくないから、覚悟して最初にトマトだけを一気に食べてしまう。それからゆっくり口直しにかかるという具合……。

 自分の家と思えばこそ、わがままを通したいもの。これが好きあれは嫌い。こうしたい、ああしたい。しまいには、あらゆるものに欲望をもやしその欲望に際限がないから、満足することがない。 ところが「客」の立場では、そうはいかない。わがままを通すわけにはいかないし、まして際限のない欲望など通るものではないことを、はじめからわきまえている。

 よく、人が亡くなると「浄土へお還りになった」と言われることがある。逆にいえば、人は仏の国からこの娑婆に来た「客」ということになる。皆わがまま放題の家の主ではなく、お客であり、親も子も夫婦も、この世の相客だという心得……。み仏の智慧がここにある。

                                           


                                           (1998年9月)     
 商 売 】              

 
 商家の友人は、門徒の寺は商売が下手だと言う。商いの基本は、あくまでも腰が低く、いつも笑顔で親切、1円の客でも100万円の客でも差別せず「お客様は神さまです」の精神が大事らしい。何よりも商売の基本は、商品の「原価を明かさない」ことにあるという。原価を明かせば、それ以上の値段で買う客はいなくなるからだ。

 それならば、商売上手の寺になるためには、たとえばこうだ。まず、仏法を僧侶だけの秘め事として、檀家には決して知らせないこと。この『原価を明かさない』ことが一番大事。あとは商家の逆だ。寺の敷居は高く、常に威厳を保ち、めったなことでは頭を下げない。さらに、死後地獄におちないようにと多額の寄付をすすめ、布施の多少によって先祖が苦しむとほのめかし、貧乏人は相手にしない…。これで寺の繁盛まちがいなしだ。

 親鸞聖人は、やさしく民衆に仏法を説かれ、門徒を御同朋御同行と呼ばれ、地獄を生きるわが身と自覚された。まして、死後の世界のことは、お釈迦さますら語られてはいない。

 同朋会推進員である友人は「寺は、もっと原価を明かして、商売下手になれ」「寺栄えて、仏法廃れ」てはならないと言ってくださった。
 彼岸会・研修会・同朋会ともに、いわば「原価を明かす」会でありたいと願っている。

                                          

 


                                         (1998年5月)     
 如上人御 】              


 4月20日、有縁の同朋と共に、蓮如上人500回御遠忌にお参りすることができた。一畳に6〜7人座らなければ、入りきれないほどの満堂だった。11日間で10数万人の参詣。その数倍もの全国各地と外国での「お待ち受け法要」参詣者。さらに、その人を送り出してくれた法友と家族……。


 蓮如上人のご功績は、仏教()を、政治の道具とした、ごく一部の特権階級から、窮乏の民衆のもとにとりもどし、いのちの尊厳を説かれたことに尽きるだろう。

 しかし、現代の自殺の要因の多くは「どうせ死んでしまうのだから、苦労はしたくない。何の役にもたたないから、生きていても仕方がない……」と、再びいのちの尊厳を見失い、仏法と形だけのおつき合いになってしまっているようだ。


 不要な人間や無用な物など、この世に一つもない。皆意味を持って生まれ、尊い「いのち」を生きていることに目覚めなければならない。「偉い人になるのではなく、尊い人になれ」と、蓮如上人は、今現在説法したもうておられた。

                                          


                                        (1998年3月)     
 たしの人生 】              

 ブラジルに滞在していたころ、買物をした時に、大変感心したことがあった。

 たとえば、1000円で678円の買物をしたとしよう。おつりは   エ−ト……、322円。まあ、何とかできるが、暗算の連続となると、電卓なしでは、疲労こんぱいしてしまう。

 ところがブラジルでは、1000円札と商品を並べ、商品を示し「これが678」。その上に2円を置いて「680」、20円を加え「700」さらに300円を加えて「1000円、いいですか?」と言う。1000円札と、1000円分の品物と小銭、これで交換成立というのである。

 おつりは、引き算でと思っていたが、たし算でおつりを支払う方法もあった。しかも、たして10になる暗算ができれば、だれでも簡単にできてしまう。すばらしい発想の転換だった。

 私たちは、平均寿命から自分の年齢を引いて、「あと何年生きられる」と、引き算の人生を生きているという。これでは、一年ごとに暗くなる。

 発想の転換をして、「また一日のいのちをいただいた」「また、一つ歳を加えさせていただいた」と、『たし算』で受け取ることができれば、歳をとるにしたがって、むしろ、有り難さが増すばかり。「引き算ではなく、たし算の人生を生きましょう」と、野田風雪 師がおっしゃっていた。
                                         



                                       (1997年12月)     
 異の法則 】              

「○○の法則」とかいうテレビ番組があった。ある条件下では、人の言動には一定の法則があるという。それを実証するために、街頭または隠し撮りカメラで一般市民の反応を実験し、法則として成り立つかどうかを判定する番組。自分に当てはめると、半分以上は当たっていたように思う。

 ある月刊誌では、
「行動だけではなく、人とその人の持ち物にも一定の法則がある。たとえば、子牛ほどの大型犬を飼ったり、キャデラックのような大型乗用車を好む人は、案外小柄か、小心な人が多い…」
 という。人と持ち物のト−タルはすべて〈1〉になる、つまり反比例するのだそうだ。


 ところでアメリカでは、不必要なものでも買って買って、買い続けていなければ落ち着かないという、不思議な病例が多く報告されている。自分の周りにたくさんの物がなければ安心できない。そのうちに、買うという行動がそのものが喜びとなるという、まさしく世紀末的現象だ。

 人間の外面と内面にも〈反比例の法則〉が成立するとすれば、生きる喜びを物の豊かさに求めるほど、心は貧困になることになる。「本来無一物」と唐代の禅僧 慧能は言っている。
                                        


                                       (1997年11月)     
 【 ぎたることは… 】              


 先日、長年連れ添った夫を亡くされたおばあちゃんに、
「どうして、男の方が早死にするんでしょうか?」 と尋ねられた。
「お医者さんじゃないからよくわからないけど、男は飲み過ぎ、吸い過ぎがありますからね」と答えたら、
「そういえば、じいちゃんは、無理な飲み方もしたし、ゼンソクなのに人一倍タバコも吸ったから……」と。


 その本当の理由はわからない。ただ、飲み過ぎ吸い過ぎ、食べ過ぎ、働き過ぎ……、何事も「過ぎたる」ことは、体によくないことは確かだ。

 現代の科学では、人の身体はもちろん、地球上から外銀河の世界までが次々と解明され、もはや人間の外面は「知り過ぎ」といっていいほど知り尽くされつつある。

 しかし、人間の内面にとって、「知り過ぎ」や「知識の過信」ほど深刻な害悪はない。自身の知識だけを頼りとしても、生老病死の苦しみから逃れる道は見つからず、私自身がどこから来て、どこへ行くのかさえ尋ねることはできない。

 あまりに豊富な知識は、人間の内省力を弱め 大自然への謙虚さを失ってしまうのではないか。