(1997年9月)     
 うしろに 右手に盃 】              


 2年前に亡くなられた戸次義一
師(前 西山町町長・超願寺前住職)が、若いころ、「おまえはどういう人間になりたいのか?」と問われたとき、即座に、
「いつも前にはごちそう、うしろに柱(床柱)、右手にさかずき、左に美人。そういう人間に、私はなりたぁ〜い」と答えたと、よく法話の中で参詣者を笑わせておられた。


 これは、物欲・色欲・名誉欲という人間共通の願望を言い表したもの。たしかに法話をするための導入話には違いないが、きわめて正直な方だけに、まんざらウソではなかっただろう。

 私たちは、どういう人間になりたいのか
仏教は、「仏になること」を人生の目標としている。ただの人間が「仏になる」。そういうと、はじめから無理だと、あきらめざるをえない。

 しかし『成仏は身にあり、往生は心にあり』の金言があるように、すべての煩悩を断ち切って「仏に成る」ことはできなくとも、私に与えられた深い「いのち」に目覚め、ご本願の呼びかけを聞きながら、煩悩の身の現実を生きることはできる。

彼岸(浄土)に往きて生まれる人(往生人)となれ、と願われている。

                                         


                                       (1997年8月)     
  親のをいただくこと 】              


 日本では、子どもの名前をつけるときに、親の名前から一字をとることはよくある。また、単に一字だけではなく、親の名や、先祖の名をそっくりそのまま襲名する例も、けっこう多い。

 ところが中国では、親の名を襲名することはもちろん、一字をとることも絶対にないという。中国では、子どもが生まれると、親が一番最初にしなければならない大仕事は、先祖代々の名前を調べて、そこに使われていない字で名前をつけることだそうだ。

 日本人の場合は、芸事に象徴されるように、師匠から弟子へ一字を与えるということがあり、中国人は、志を一つにして何事かを成すというときに、友から一字をもらうこともあるという。いずれにしても、名前には単に「記号」ではすまされない深い願いがこめられ、伝えられているに違いない。

 しかし、私たち真宗門徒が受持し、代々伝えるべき大切な親()の名は「南無阿弥陀仏」。南無阿弥陀仏というお名前の仏さまが、この私の口から、ことばの仏さまとなって現われてくださる…。

 この「お念仏のいわれ」を聴聞することなしにお盆の供養ということはありえない。

                                          


                                   (1997年5月)     
 【 いのちは のものか 】              


 次男は低血糖(現代医学ではさして問題のない)のため、生まれてすぐに無菌室内の保育器に入れられた。3,300gの我が子との、感動の初対面のときに、その隣の保育器の、500g と、700g という2人の超未熟児を見て愕然とした。


 手足を動かすこともできないし、泣くこともできない。この子らの将来は…、それ以前にこの子らは果たして育つのか、両親の心情は……と。同じ「いのち」をもらって、生まれてきたはずの赤ん坊のあまりの違いに、我が子の無事だけを喜べなかったことがある。


 しかし今思えば、そんなあわれみは、赤ん坊と両親に対して大変失礼なことだった。赤ん坊は、たまわった「いのち」を懸命に生きようとし、両親はその姿に感動し、誰よりも深く「いのち」の不思議と尊さに出会ったことだろう。その感動が欠落している私たちこそが、本当にあわれみ悲しまれるべき人間だった。


 先日「脳死は人の死」とする臓器移植法案が衆院で可決された。
 
 脳死といっても、温かい血が流れ、息をし、子供も産むという……。
いのちの尊厳について、充分な論議がなされたのだろうか。「いのち」は、誰のものでもない。

                                           


                                           (1997年3月)     
  三つの 】              

 
 アラビアンナイトを源流とした『3つの願い』という話は、世界中にあって、日本の童話でもいくつか残されている。おもしろいことに、その結末のほとんどは「はじめの状態に戻ってしまう」ことにある。この話もそのひとつ。


「3人の男が、無人島に流れついた。神様は男たちをあわれに思って、それぞれ1回だけ願いをかなえると約束する。

 はじめの男は、愛する妻子のもとに帰りたいと願うと、すぐに島から消えた。2番目の男は、口うるさい妻のもとではなく、毎日美女にかこまれ酒がたらふく飲めるところに行きたいと願った。神様は、このあつかましい願いもこころよく承知して、2番目の男も無人島から消えた。

 神様は、最後に残った男に、何が望みであるかと聞くと、家にはだれかが待っているわけではないし、島での静かな生活が気にいっている。とはいっても、たった一人ではさびしいので、二人の男たちを呼びもどして欲しいと言った。神様は最後の男の願いもかなえると、たちどころに消えてしまった……」

 人間の「願い」は、所詮エゴイズムであり、一瞬かなえられたように思っても、最後は「元に戻る」。つまり、そんなことでは現実は変わりはしないという真理は、万国共通のようだ。

                                           


                                       (1996年12月)     
 さまのお仕事 】              


 近年、命日の読経の時、一緒に「お正信偈」を唱和する方が増えてきた。全体の一割にも満たないがそのほとんどが、最近大切な家族を亡くされた人たち。それも当初の「お参りしてやっている」という儀礼的姿勢から、「自身のためにさせていただく」という姿勢への変化(思い違いでなければ)は、何が「はたらいた」のだろう。

 義父は、法話で、
「仏さまのお仕事をさせていただきましょう……」と、よく言われる。

 仏さまといっても、
私たちが大切に思っているものは、何ひとつあてにならない」「本当に尊いものに気付けよと、私たちに呼びかける『はたらき』そのものといってもよい。

 今、大切な人の死を縁として、曜日を定め、家族全員でおつとめをし、来春の「正信偈大唱和」大会にも家族で参加しようという人がいる。他人からみればご不幸だが、その家族は「死」を「仏さまのお仕事」としていただくことができたのだ。

 その話を聞いた母は、「1人(の死)で、5人も(信心の行者を)生み出したね」とつぶやいた。まさしく「仏さまのお仕事」そのものだった。

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                                       (1996年11月)     
  (ほうき) 】              


 洗濯機の台頭とともに、洗濯板とたらいは完全にその座を奪われてしまったが、不思議なことにほうきと掃除機は、今も共存している。

 ほうきをよく使っているという、90歳近い おばあちゃんとの、茶飲み話がおもしろかった。

「掃除機のほうがきれいになるのは、知ってますろも、朝の早いうちからガ−ガ−やるとネ、若いもんに迷惑らし……。第一ほうきじゃねぇと、掃除した気になりませんしネ……。

 それにネ、掃除機じゃちょっとわからねえろも毎日掃いても掃いても出てくるわたボコリの量にびっくりしますてね、ハハハ……。

 どんげに慎ましく暮らしったっても、人間は ゴミを出し、罪をつくりながらしか生きられないってこと……」と。

 生きるということは、知らず知らずのうちに罪を重ねていることではないかと、内省させられたという。
 この方はゴミでさえ、こうして拝んでこられたに違いない。この深い懺悔(さんげ)があって感謝あり、また感謝があって懺悔がある。

                                           


                                       (1996年8月)     
 お礼 】              


  NHKの朝の連続ドラマは、不思議な番組だ。見なければどうということはないが、ひとたび見はじめると、必ず次回を見ずにはいられなくなる。そういうふうにつくってあるらしい。15分間の細切れ番組の中にも、心の機微をたくみにつく、哲学にも似た深い人間洞察力が不可欠とされる。

 このような「日常的・人間的ドラマ」をもっとも得意とするある脚本家が、レポ−タ−役に扮した。ところは金沢市・本泉寺、その日は『蓮如講』という法要でにぎわっていた。

 お年寄りを見つけて、さっそくインタビュ−する。
「おバアチャン、どんなこと、お願いに来たの?」
「エッ
? お願いなんて、なぁ−んもしとらん。 ワシら、蓮如さんへお礼に来ただけやが……」
「エッ


 この両者の会話はまったく噛み合わず、また相手の言ったことの意味が、互いにわからなかった。

 一方は「除災招福」(災いを除き幸福を招きたい)という、一般的宗教観をもつ身であり、もう一方は「仏恩報謝」(善きも悪きも、おかげさまといただける)という、日々の生活の中に安住できる身となった おバアチャンたちだったからだ。

                                           



                                       (1996年5月)     
  とりをめて 】              


 一週間ほど前、テレビをつけたら『千日回峰行』の様子が放映されていて、偶然に、その終わりの部分の5分間だけを見ることができた。


 未明から数10キロの峰々を踏破すること千日間、その後、御堂にこもって不眠不休の難行の末、大阿闍利(だいあじゃり)とか称され、それこそ生き仏のような扱いを受ける比叡山(天台宗)の千日回峰は有名だが、こちらは奈良・大峰山での修験道の千日回峰だ。

 その番組の中で、修行の半分をこなし、現在も継続中という27歳の青年の一言が鮮烈だった。
「山に、悟(さと)りを求めて歩き続けているが、山のどこにも悟りはころがっていなかった……」

 お釈迦さまは、超人的な修行の末に、神秘的な悟りを得られたのだったろうか?
 否、むしろ難行苦行に破れ、村娘に乳がゆの施しを受け、正気をとりもどされたのちに普遍の真理「縁起の法」(注)に出会われたと言い伝えられている。まさしく「ジョ−ジアで、ひとやすみ…」だった。

「因縁生」の道理に目覚め、尊いいのちをどの様に生きるかというテ−マを持ちながら、私にたまわった現実を「ハイ」と頂戴して生きる……。これしかない。

「悟りは人里離れた山奥にはなく、人の住む町の生活の中にあるのでしょうか……」と番組は結んでいた。

                                          



                                     (1995年12月)     
 【 幸せを 】              


 いつの時代、いかなる人も国も、幸せを願っているが、その幸せをどこに見つけるか。それが見つからないところに人類永遠の課題がある。

 過去「民族の幸せ、人類の幸せ」と、口々に唱えながら戦争が繰り返されてきた。日本史といい世界史といい、それは戦争の歴史そのもの。

 また家の中でも「みんな仲よく幸せに暮らせるように」と、思えば思うほどゴタゴタが絶えない。仲よくしたいという心が、けんかのもとになっているのは皮肉なことだ。

 なぜそうなるのだろう。それは、私たちの願う『幸せ』は自己中心的でしかないから。自分の幸せは、他人の幸せだと思いこんでいる。それこそ「小さな親切、大きな迷惑」とでもいうのだろう。

 『浄土』は、何かがどうなったから幸せというのではなしに、そのままが満足な世界。くらべる必要のない世界。鶴は首が長いままで、亀は首が短いままでうなづける世界。肌の色が、言葉が、民族が違っても、違ったままでよい世界……。自己中心の『幸せを願う』のではなしに『浄土を願え』と、先師はすでに教えられている。

                                         


                                      (1995年11月)     
 生まれながらの 】              

 先日、三条別院の報恩講(おとりこし)にお参りさせていただいた。地元で『おとりこし荒れ』といわれているこの時期きまって吹荒れる嵐も、幸い最終日だけで、御堂は善男善女のお念仏の声であふれた。

 おつとめの後、富山教区からおいでになった布教使がこのようなお話をされたのが印象的だった。

「人間の『願い』というものには、二つの願い があります。ひとつは生まれながらの願い。もうひとつは生まれてからの願いです。
 生まれてからの願いは、あれも欲しい、これも欲しい、もっと欲しいと。このような願い(欲望)に生きるかぎり、いつまでも満たされることなく破滅に向かうだけです。
 生まれながらの願いは、人間としてどのように生きるかを課題とせずにおれないという、内からの願い(呼びかけ)です。それに応えることによっておのずと帰る場所が定まり、いきいきと生きることができるのです……」


 生まれながらの願いを如来の本願といい、本願を親鸞聖人におたずねする場が『報恩講』という。

                                          


                                     (1995年8月)     
  40年の前住職) 】              


 昭和60年、同朋の会結成30周年の催しがあってから、あっという間に10年がたってしまいました。

 その間、本堂の改築、住職の引退など、いろいろのことがありましたが、過ぎた40年を通して考えてみると、何よりも力強く思われたことは、昨年若い人たちからなる『南無の会』の結成であります。

 町と村の同朋会が40年、青壮年部が23年経過して、推進員がようやく10名なったところ、わずか2年たらずの間に『南無の会』の人たちで12名の推進員が誕生されたということは、まさに驚きという以外にはありません。すべては人間の「はからい」を超えたことであるにしても、若いエネルギ−と大きな可能性にひそかに期待しているところであります。

 40年の間、聞法を共にしてきた会員で、亡くなられた方や、年老いたため、また移転などで退会の止むなきを得なかった方々、新たに入会された方々など、変遷を繰り返してここまでたどり着いた同朋会の歴史は、そのまま私自身の歴史でもありました。まだまだ至らぬことばかりで、慚愧に耐えません。

 昭和53年からの掲示伝導は、皆様に支えられ、関根さんの熾烈な願いに督促されて、随分とたまりましたので、会員の皆様の感想文とともに、小冊子にまとめることができました。ありがとうございました。

                                          


                                      (1995年5月)     
 【 「宗教」ってだ? 】              


 地下鉄サリン事件から1ヵ月あまり、某宗教教団の関与が色濃いとして、そのニュ−スが連日絶えない。ただでさえ「私は無宗教です」と言うことが格好いいとされる風潮の中で、「宗教はアブナイ」「へたに関わらない方がいい」と感じた人も多いことだろう。

 たしかに宗教は、『宗教戦争』と呼ばれるものを含めて国家エゴの大義として、戦争にも利用されたこともあるし、現代でも多くの社会問題を引き起こしている。

 ところで、religion(リリ−ジョン・宗教)という言葉を、英語の辞書で引いてみると、@「神と人間の再結合」という意味と、A「人生を再び見直す」という意味がある。前者は、キリスト・イスラム・ユダヤ教などが当てはまり、後者は仏教に当てはまるものだ

 そもそも『宗教』という言葉の語源は、中国において「仏教の要点を表す文字や言葉」という意味で用いられたのが始まり。もともとは宗教といえばお釈迦さまが、明らかにされた教えを指す言葉であった。
 つまり尊い命に目覚め、真の平和を願い、やり直しのきかない人生を見直すことによって、常に今を大切に生きよという、お釈迦さまのお勧めの言葉が『宗教』という意味であった


 その意味でも「人間としてどのように生きるのか?」という課題を持ちえない宗教は、もはや『宗教』とは言えないし、また、私たちは決して『宗教(どのようにいきるか)』に無関心であってはならない。

                                          

                                         (1994年12月
 【  袋 ・ ク ソ 袋 】              


 榎本栄一氏は、大阪の雑貨商の老主人(故人)だが、真宗門徒として、また市井の詩人として多くの詩集が、友人らによって刊行されている。

 「人間は、みんな大事な『袋』を持っていますこの袋の中身は、決して他人に見せられないし、こっそり一人で開けてみても、それが何かは自分ではわかりません。
 ただ、仏様と一緒にのぞいた時にだけ、その中に何が入っているかがわかるのです。
 『宝の袋』ならよいが、もしかすると『クソ袋』かも知れない……」と。

 これは先日、NHKの『心の時代』に放送された、同氏の対談語録の一部である。

 自分だけはと思いながら、とんでもない『煩悩のクソ袋』を後生大事に抱えこんで、今まで生きてきた自分ではなかったのか、という警鐘だ。

 私という人間の中身(本性)は、自分の能力や他人との比較では、なかなかわからないものだ。ただ、仏様と一緒の時、つまり仏の智慧の眼をいただくことがなければ、真の『私』を知ることはなく、ついに愚痴の一生を生きることになる…。

                                         


                                      (1994年11月
 【 さげる さがる頭 】              


 『青年特伝』や『春彼岸』のご講師が、よく言われることだが、人間(凡夫)の本性は、人に頭をさげることが元来嫌いらしい。その嫌いなおじぎを、日に何回もしているのは、打算があってのことではないか。しかも、そのもうけの多少によって、おじぎの角度が深くなったり、浅くなったりするのじゃないかと言われる。

 そういえば、普段ろくなおじぎしかしてないくせに、何か高価ないただきものをした時の、目と畳の異常な近さを思い出した。わが根性は、まったくそのとおりであった。

 自分が頭をさげるのは、道徳・倫理や商いの世界。自然(じねん)に頭がさがるのは、自分の本性が知らされた南無の世界だという。

 ある聞法歴のながいおばあちゃんに「自然に頭がさがることがあるか」と聞いたことがある。そしたら「頭がさがりっぱなしです」と答えると思いきや、逆の答えがかえってきた。「私みたいな強情で我の強いものは、なかなかさがりません」と…。これはなかなかすごい言葉だった。

 「なかなか、さがりません」という姿に、すでに頭のさがっている世界がそなわっていた。