「南無の会」会員による1年間のリレーエッセイ
徒 然 抄
   1999年



(1999.12)

 父がなくなって3年目の冬を迎える。これといって趣味や道楽のない人だったが「つつじの盆栽」づくりだけは人一倍執念を燃やしていた。

 平成5年に発病して体力と気力が落ちたため「つつじ」の世話ができなくなってしまったが、季節の節目にやらなければならないポイントをしっかりしないときれいな花は咲かないことをよく言っていた。

 その一つは害虫予防の農薬散布。二つは植え替えの時期、三つは剪定のやり方、四つ目は、雪から枝を守る雪囲いであった。しかし病気療養のために入院していた期間は家族が看病に当たらなければならず、水やりを欠かさないことと、雪囲いを行うことが精一杯の世話であった。

 特に雪囲いの作業は、200鉢もの数を一か所にまとめるスペ−スがないため、家の軒下に押し込んだり、小さな小屋を作って中に入れてやったが、素人がすることでありいかにも不細工であった。

 これまで6回の雪囲いを経験して満足にできたことがない。7回目の今年はなんとか一か所にまとめてスマ−トな雪囲いを作る努力をしようと思っているが、経験からして「思うこととそれに合致した結果」は出せないことが多い。

 いずれにしても、父が残していった財産であり、世話の仕方で来年の花の咲き方が左右されることは間違いなく、どんな大雪になっても、枝が折れることがない雪囲いを行って来年も美しい花を眺めたいものである。
        【南無の会  M・K】
                                    


(1999.11)

 10月24日に、父の三回忌法要を無事勤めさせていただくことができた。2年前父が亡くなって間もなく、友人から「南無の会」の定例会に行ってみないかとの誘いを受けて、参加してみた。

 日ごろお経に全く関心が無かったが「正信偈」を唱えることによって、これまでと違ったものを感じることができた。お寺に行くのは、お盆の墓参りくらいのもので、仕事に追われ、祖父や祖母の生前のことなど思い出すことが、縁遠くなりがちであったが、本堂に座っているわずかの時間ではあるが、思い出が脳裏をかすめてくれた。

 話は変わるが、父の8人の兄弟は、この2年間で3人が亡くなった。葬儀から初七日、四十九日、一周忌、三回忌と仏事が続くこととなる。年金生活をしている親戚が多くなってきて、家計にも大きな負担がかかることから、父の三回忌については、事前に親戚の了解を得て、家族父の兄弟代表と、私の兄弟で行うことにした。

 午後4時から勤めさせていただいた法事では、住職の勧めもあり参加者全員で「正信偈」を唱和した。子供たちがすぐに飽きてしまって、声が聞こえなくなるのではと心配したが最後まで熱心に読んでくれたことがうれしかった。

 大勢で法事を勤めることも賑やかでよいと思うが、少数の親族だけで、和やかに、かつ、全員が主体的に参加して勤める法事もよいものだと感じた一日であった。父も満足してくれたと思う。

                              【南無の会  M・K】

                         


(1999.9)

 暑くて寝苦しい夜が続いていた8月の始め、早朝の4時半に目が覚めてしまった。子どもを5時に起こしてカブトムシ捕りに出かけてみた。

 早朝は涼しく、スッキリした気分で出かける。まず、前夜に下見した水銀灯の周辺を捜してみる。こがね虫が多く、カブトムシは見当らない。しばらく捜していると「お父さんいたよ」と子どもの大きな声。近づいてみると、車に押しつぶされた雄のカブツムシが1匹。

「かわいそうだね。車に轢き逃げされる前に助けてやればよかった」と、子どもが悔しそうにぽつりと言った。すかさず「いることがわかっただけでも収穫だ。そのうちに捕まえることができるよ」と言って慰める。

 翌日、雄がいれば雌もいるかもしれないとの淡い期待をもって、一人でその場所に行ってみた。なんと雌が1匹いるではないか。しかし、家に帰って子どもに見せてもあまり喜んではくれない。理由は簡単、前号で書いたとおり、雄同士を戦わせてどちらが強いかを自由研究のテ−マにしたいとのことだったからだ。

 下田村の友人に相談してみたら、シ−ズン的にはもう遅かったが、それでも雄1匹、雌3匹を譲ってもらってきた。子どもには、飼育を通じて来年の夏休みまでの自由研究を提案してみた。交尾を興味深く観察している姿を見て、なんとか卵を生ませてやり来年羽化させてみたいものである。
     【早起き門徒 M・K】 

                  
               

(1999.8)

 長い夏休みが始まった。子供にとっては楽しい夏休みであるが親にとっては頭痛がまた一つ増えることになる期間である。

 1学期の終業式当日、突然わが家の次男が「今年の自由研究はクワガタとカブトムシを飼って、戦わせてどっちが強いか確かめたい」「だからペットショップに買いに行こう」と言い出した。私は子供に「自由研究としては良いと思う。しかし、買って研究するよりも、どんなところにいるかから始めたら」と言ったが、なかなか納得してくれない。

 どうしても買いに行くと言ってべそをかき始めた。その場を何とかしなければと思い、「昆虫たちは、夜になると明るい水銀灯のところに集まってくるから、そこに行って飛んでくるか確かめたらどうか」「そして、朝早く起きて、そこに行って落ちている虫を捕まえたら」と提案したら、一応は納得してくれた。

 それからが大変である。毎晩毎朝それにつきあわされているが、飛んでくる虫はこがね虫が大半で、目当ての虫たちは全然飛んで来てくれていない。このままでは子供の提案どおりになるかもしれないが、この夏休み期間中「楽する」ことと「楽しむ」ことの違いを理解できるようになってもらいたい。

 ペットショップで買うことは「楽する」ことで、捕まえて飼うことは「楽しむ」ことである。案外、捕まえるまでが自由研究の題材となる可能性があると思う。しばらくは寝不足が続くが、親子で「楽しむ」良いチャンスとなった。
    【寝不足の門徒M・K】

      


(1999.5)

 新入社員の歓迎会や、桜の花の下での宴会などがあちらこちらで繰り広げられている4月、「急性アルコ−ル中毒」のため病院に運ばれたニュ−スをよく聞きます。

 そのほとんどが、一気飲みなどで大量にお酒を飲んだものだそうです。体質的にお酒に弱いために体内でのアルコ−ルの分解が追いつかず、血液中にアセトアルデヒドという有害物質がたまりすぎて意識障害になるものだそうで、時には生命が危ぶまれることもあります。

 お酒が飲めるか飲めないかは、遺伝が大いに関係し、有害物質を分解する酵素を受け継いでいるかいないかで、日本人などのモンゴル系民族は、飲める人45%、飲めない人45%、残りの10%がまったく飲めないタイプだと言われています。

 そこで簡単に判別できる方法をひとつ。薬局で売られているエタノ−ルを脱脂綿にしみ込ませ、絆創膏で腕に貼ってください。7分ではがし、その部分に変化がなければ飲めるタイプ、皮膚が赤くなっていたら飲めないタイプだそうですが、あなたはどっち。

 さらに体質以外でも、お酒の飲み合わせによって酔いが早くなり、ビ−ルなどの炭酸のはいったお酒を飲んでからウイスキ−などの強いお酒を飲むと、アルコ−ルの吸収が良くなり、度を越すと翌日は二日酔いの状態に陥りやすいとのこと。ともあれ、お酒は楽しく飲むのが一番。絶対に無理は禁物です。

                     【二日酔が続く門徒K】
 

                                    



(1999.3)

その柩(ひつぎ)は、どこへゆくのですか
火葬場へ
それからどこへゆくのですか
お墓へ
それからどこへゆくのですか
知りません
  詩人 川路柳虹の『柩』である。

 人の死後はどうなるのか、人間であれば一度は考えてみるであろう。そしてその暗闇の中にある死の恐怖に、だれもがまだ死にたくないと思うのではないか。

 浄土真宗では、死後はお浄土にかえるという。先祖から親からいただいた命を生き、その尊い命を子どもへと引き継いでいく、そういう生き方でいいと思っていた。

 それが2月28日、長い空白の時を経て脳死移植が行われた。一人の脳死者から、心臓肝臓二つの腎臓の移植手術。まさに、一人の「死」から4人の「生」へと、命のリレ−が始まったのである。

 そのほかにも角膜が二人の患者に移植された。移植を受けた人たちも、常に死との葛藤が続いていたに違いない。どうか皆順調に回復する事を祈りたい。

 また臓器を提供された家族にすれば、最愛の人を突然に失った悲しみ、それをいやしてくれるのは、愛する人の命が他の人の体内で生き続けている喜びであろう。心臓移植を受けた患者は2月28日は私の第2の誕生日にしますとコメントされ、提供者とその家族医療スタッフに心から感謝をされた。

 この長い一日、我々にとっては、生と死について深く考える機会となった
             【命の輝きに感動した推進員】