「南無の会」会員による1年間のリレーエッセイ
徒 然 抄
   2000年



(2000.12)

 前号より…。自分が微笑んで、始めて相手も微笑んでくれる。相手は、自分の気持ちを写すカガミであり、自分の気持ちが相手を通して反射し、自分にかえってくる。

 常に心が微笑んでいれば人生は、お浄土につながっていき、常に心が怒っていれば人生は地獄と化してしまう。何事も自分の気持ちの持ち方しだいで天地の差が出るのだ。

 自分の顔をカガミで見てみる。非常に暗かったり、こわい顔だったりしているときがある。こういう顔ではだめだと反省し、直そうと思うが、自分の今の気持ちが素直に顔に出ているのでなかなか、直せない。

 「 帰命無量寿如来」と、正信偈の一行を手を合わせながら唱え、世のすべてのものに生かされてる自分に気づき、感謝心をいただくと、自然と、カガミに写る自分の顔が微笑んで見えてくる。

 常に心が微笑むには、やはり、お内仏に手を合わせ、感謝の心をいただくのがよい。できれば毎日、朝晩お内仏に手を合わせなさいと教えられるが、それは、感謝の心を朝晩いただくということであり、一日中心が微笑んでいられるということなのだ。一日中、心が微笑んでいれば、自然と幸せな人生を過ごせる。是非とも習慣にしたいものだ。
                               (口先だけの推進員)
                                    


(2000.11)

 「お内仏は、自分を照らしだす鏡である」。真宗講座の研修で東本願寺に出向いたときに講師が言われた言葉だ。

 最初は、お内仏(仏壇)をきれいにしていれば、自分の気持ちもきれいになるのでお内仏を大事にしなさいという教えだと思った。

 真宗講座も終わり、地元の「南無の会」に参加するようになった。そこで、自力と他力、お蔭様の心、住職や先輩の話など、真宗の教えに触れるにつれ、自然と「自分を照らし出す」という意味に気づかされてきた。

 お内仏の前に座り、手を合わせたとき、自分が嬉しい事があったときは、お内仏も嬉しく喜んでいるように見え、自分におもしろくない事があって、怒っているときは、お内仏もおこっているように見える。自分の気持ちがお内仏に反射して自分にもどってくるのだ。自分の気持ちしだいで、お内仏は、怒ったり笑ったりする。

 人間関係もそうである。相手が怒っているように見えるときは、じつは、自分が怒っているので、そう見える。相手に好感を持たれたいと思うなら、まず自分が相手を好きにならないとだめである。自分が相手をきらいであれば、絶対に相手は自分に好感を持ってくれない。気持ちが反射するのである。

 それに気づいたとき、自分が生きていくうえでの一番大事な心の教科書となった。相手が笑えば自分も笑うのではなく自分が笑って、初めて相手が笑うのである。
                               【口先だけの推進員】
                  



(2000.9)

 7月30日、等運寺の墓掃除に参加した。朝5時30分集合だった。遊びに行くときは自分から目が覚めるのだが、その日は、目覚し時計の助けをかりてドタバタしながら参加した。まだまだ、お蔭様の心がとぼしい自分である。

 やっとの思いで寺に行くと、集合時間前からすでに掃除している人もいた。尊敬し、頭が下がった。私は一輪車を使いゴミの運搬をした。墓地の奥の空き地までの道のりだ。みるみる空き地にゴミが集められた。

 ふと土手を見ると、斜面を草刈機で草を刈っている先輩もいた。再度尊敬。運搬途中、先輩方に「おはようございますと挨拶すると、必ず笑顔で返してくれる。挨拶を重ねながら、清掃していると、ほんとうに気分が良くなり心が晴れ晴れとしてくる。

 墓地が奇麗になればなるほど、自分の心が奇麗になっていくのがわかる。そこには金欲物欲など、損得勘定は存在せず、ただ、墓地という場所を奇麗にしようとする気持ちと同じ思いで清掃をしている人への感謝と労りの気持ちだけ存在している。

 自分が一番大事で、自分さえよければという想いは、そこにはない。それがお蔭様の心だと思う。墓掃除に参加された先輩の方々は、お蔭様の心がしっかりできている。人として生きていく上で一番大事な心。私もその心をいただく為に、また参加しようと思った。
                              【口先だけの推進員】
                  



(2000.8)

 
5月8日、前住職の通夜が行われた。当日私は交通整理を頼まれた。生活センターの駐車場はすぐ満杯になり脇の道路も左右とも車の先端が見えないほど先に行って、大分歩かされた人もいた。感謝!お経の最中でも、まだ来る人もいて、とうとうお経も法話も聞けなかった。残念!

 通夜も終わりようやく駐車場の車も少なくなったので、本堂に入ってみた。目の前にとび込んできたのは、花に飾られていない前住職の写真と、海・山・里の幸が一対、白蓮華二対、花瓶に櫁の枝をさし前方に、なんと飾りのない壇なのだろう。感動!

 飾りがないぶん、死ということがねじ曲げられずに真っ直ぐ自分の心に入ってくる。素直に受け入れることが出来るのだ。あの時の前住職の言葉、自分の感じた思いが心に浮かんでくる。お通夜も、南無阿弥陀仏の語と同じように、死人の為ではなく、出席された人々が命の尊さに気付き、生きる力を与えてくれる場なのだ。

 過去何度も通夜の席に出向いた。そこには花壇、生花、飾り灯篭、人の名前で埋まっていた。私は死人が浄土へ行き、皆に見守られお花畑の中で幸せになる姿を想い合掌していた。そこは死んだ人が主役であった。

 飾りのない壇を見てそのことに気付いた。原点に立ち返り、今の常識化された風習に一石を投じた若住職の思いがひしひしと感じられる通夜の席だった。
                             【口先だけの推進員】
                                     
     


(2000.5)

 お内仏の前で手を合わせ「帰命無量寿如来」と正信偈の頭の一行だけ唱えてお勤め終了、これが今の自分に合っているようだ。お内仏を媒介として、生かされている自分ということを素直に気づかせてくれる。

 まだ浄土真宗に足をふみ入れたばかりなのだ。お内仏の前で南無阿弥陀仏と称えても、頭では理解していても、いまひとつ素直に自分に戻ってこないのだ。

 子供の頃、時代劇で悪人を、座頭市が素早い居合い抜きで一瞬にして切り捨て、死んだ悪人に白目を少し開けながら、ナムアミダブツと言って杖をつきながら去っていく。そんな後ろ姿がカッコよく思え、それに加えて悪人であっても死んだ人に対して成仏するようにナムアミダブツと称えた場面が強く印象に残っている。

 浄土真宗の教えと出会うまでは、ナムアミダブツということばは、死人の為に成仏するようにと願うことばだとずっと思っていた。その想いが子供の成長期と重なったため、自分の心の奥の片隅に、今でも残っているのだろう。

 お内仏は仏の住む場所ではなく、仏を思い出させてくれる場所であり、仏を通して、生かされている自分という存在を気づかせてくれる場所だ。年月が解決してくれるとはいえ、お内仏の前でも「南無阿弥陀仏」と心の底から言えるように、早くなりたいものだ。
 
                         【口先だけの推進員】
                  



(2000.3)

 3月14日、会議出張のため石川県七尾市和倉まで行ってきた。会議開催時間に合わせ、新幹線経由で、越後湯沢でほくほく線に乗換え金沢まで、また乗り換えて、和倉温泉のル−トで行くことにした。朝7時に家を出て、和倉に着いたのがお昼。天気が良かったこともあり、車窓から見える景色に見惚れて、所要時間五時間が短く感じられた。

 ほくほく線沿線は銀世界一色で、いまだ真冬の景色であったが、日本海は波も穏やかでナマリ色から少し青くなりかけ、富山ではたんぼのあぜみちの野焼き、能登半島に入るとあぜぬりの農作業と春霞が漂い、春が近づいている様子がうかがえた。

 和倉温泉につき、天気もよく、時間があったので、会議場までの2qの距離を歩くことにした。ポカポカ陽気で、実に気持ちがよかった。歩くこと30分、次第に目がいたくなり涙が出始め、会場に到着すると同時にくしゃみと鼻水が止まらない。私だけかと思ったが、会議に出席している半数近い人が同じ症状を訴えていて、花粉症だとわかった。

 思い起こせば、金沢から和倉までの車窓から飛び込んできた景色は、小高い山に杉林が多く見られたことから「春霞」かと思ったのは、実は杉花粉が大量に飛んでいたのだとわかった。原因はこれかと納得したが実に切ない。

「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるとおり、春はすぐそこまで来ている。空気が乾燥して花粉が飛ぶ季節、厄介な和倉温泉のお土産を持ち帰ってしまった。
       【南無の会  M・K】