「南無の会」会員による1年間のリレーエッセイ
徒 然 抄
   2001年


(2001.12)

 今年も残りわずかになってきた。なぜか忙しい思いをしている。だんだん歳をとってきたせいか、最近「今のわーけもん(若者)ばっかしゃ」とつぶやくことが多くなった。

 たとえば、自動販売機でよくタバコや清涼飲料などを買うことがある。(店としては、人と対面しなくても商品が売れ、言葉を交わす必要がない便利な販売機なのだろうが…)。販売機のすぐ近くに若い店員がいても、何の言葉もない。そんな時、販売機でも「ただ今は、ありがとうございましたくらい言うろ! ほんにわーけもんばっかしゃ」とつぶやく。

 食堂に入って定食を頼むと、運んできた若い女性の定員さん、香水のにおいを、ぷんぷんさせていた。おかげで、食べ物の味がわからない。「時と場所を考えれ。ほんに、わーけもんばっかしゃ」とつぶやく。などとつぶやいて来たが、私も同じような事で、人からつぶやかれている事だろう。

 車で1時間ほどの所へ、30分ほどの仕事に、あまり気のりせず出かけました。仕事も終わり、そこの、おばあちゃんに、あいさつをして車を走らせた。なにげなく、バックミラーを見ると、おばあちゃんが両手を合わせて拝むようにして見送っておられた。その姿が、私に感謝する気持ちを思い出させてくれ、嬉し恥ずかしの思いで、帰りの1時間が、楽しいドライブになった。
                               【つぶやく推進員】
                                    


(2001.11)

 その日、テレビのニュースを見ていた。高いビルに飛行機がぶつかって大事故が起こったと伝えている。その後ろの画面に、まるで映画を見ているかのように、飛行機がビルにぶつかっていく映像が見えた。2機目の飛行機だった。テロだ!テロだ!。戦争だ!戦争だ!と、それから毎日、その話題をテレビ新聞等で取り上げている。

 戦いになった理由はよくわからない。が国と国との政治的問題宗教的問題など、いろいろ入り混じっているようだ。国の立場、宗教の教え、個人のメンツなどのために、多くの人々が亡くなり、ケガをし、寒さと餓えに耐え、精神的苦痛を受けていることは、今起こっている事実である。

 ここ数10年の間、世界各地で戦争をしていない時がないという事も聞いた。大変悲しいことである。今は情報戦の時代とか。自国や、自分の都合のよい事だけを情報として世界に流し、いかに自分たちの側に正義があるかだけを見せている。多くの人々を苦しめ、死に至らしめている事を、覆い隠すかのように…。

 確かに、この悲惨なテロの決着は、小学校で習う足し算や掛け算のような明確な答えが出てくることではない。ただ、すべての人たちが「今」に感謝する事のできる平和な時代になってほしい。

 平和を望んだ国・日本の自衛隊員の「上からの命令に従うだけです」の言葉が耳に残る。人の命の尊さを忘れたくない。
                             【口先だけの推進員】
                                     
                                      


(2001.9)

 ある小学生を持つ母親との話である。
「今私のところの小学校では、先生が子供たちに『バカヤロー』というきたない言葉を使ってはなりませんと、強く指導されています。大変良い事で、学校でも家庭でもそういった言葉を使わず、よい子供たちばかりです」
と、笑顔で話をされた。

 私は、その子供たち、この先大丈夫かなと思いつつ苦笑いをうかべてしまった。確かに今、ケンカやイジメ、授業中に教室を歩き回ったり、突然大きな声を出して授業ができない学校があると、話には聞いている。

 だからといって、子供たちの口ゲンカのきっかけになる『バカヤロー』だけを禁止すれば良くなるのだろうか? 場当たり的指導に思えてならない。バカヤローを大いに使ったほうが良いという事ではないが…。

 その言葉を『禁句』として子供時代を過ごしたら、中学や高校で部活の先輩からのバカヤロー、社会に出て職場でのバカヤローをどのように聞くのだろう。それらには、相手を思いやり、もっと一生懸命やれ、もっと出来るはず、もっとガンバレの思いを込めた『バカヤロー』もあるはずだ。

 それが理解できずにすぐ「キレル」バカヤローな若者が多くなるのではと思いつつ、その母親に「良かったですネェ」と返事をする私が、一番のバカヤロー。
                               【口先だけの推進員】
                                     
                                      


(2001.8)

 真夏の暑い日が続く今日この頃である。が、私の家の前にあるプランタに植えてある花、ベゴニア?(花の名前がよくわからない)が、次から次へときれいな花を咲かせている。

 枯れかけた花を摘んでやると、すぐに新しい花が咲いてくる。ほんのわずかな土と、太陽の光そして水やり、それだけで数え切れないほどの花を咲かせてくれる。不思議なほどの数である。この花にもいのちがあり、一生懸命に生きている。

 その脇に、子供が学校から「いのちの朝顔」の種だと、もらってきて植えた朝顔が、すくすく伸びて、4mほどにつるを伸ばし、毎朝花を咲かせている。最初に咲いたのは、月の初めころだった。根元に近いところで、ひかえめに花開きそれからしばらくして長いつるの根元から上への順番に関係なく、つる全体に花を咲かせている。朝、きれいに花を開き、美しさを見せる。昼ごろにはもうしぼみはじめる。

 「朝顔」の名前のとおり、朝だけのとても短い命の花である。夕方になると、いまにもしおれそうになっている葉っぱが「今日も一日暑っちぇかった。早く水をくれ」と言っているようで、あすの朝もきれいな花をと思いつつ水をかける。

 「お盆」。ひさしぶりに会う人たちと、楽しい話と、おいしい水(酒)を、たらふくいただこう!
                                【名ばかりの推進員】
                            



(2001.5)

 10数年前から、年忌法要に行く機会をもっていた。その頃は、お経のあとでお寺さまの法話を聞くこともなく、ただおときをいただいただけで帰ってきたことが多かった気がする(法話の多くは、いい話だったのかもしれないが、なにせ関心がなかったもので…)

 最近行った法事で、こんな事があった(そのお寺さまとは研修会で数回『正信偈』を一緒に読ませていただいたことがあったのだが)、お壇をかざり法事の準備ができた時である。
 「アッ、忘れ物をしました」
とお寺さま。10分ほどで戻ってこられた手には、赤い勤行本が。無論、お寺さま用ではなく、そこに集まった皆さん方のためのもの。

 今まで数回その家の法事に来ていたが、皆で正信偈を読むことなどなかったのに、わざわざ寺まで取りに行ってこられたのである。そのおかげで「いやぁ、ひさしぶりにお経を読んだっや」と、おばあちゃんの法要でニコニコ顔のおじいちゃん。

 また、本願寺派の法事に行った時には、法事の説明された後、箱の中から出されたものは、コピーで手作りされた勤行本。
 「それでは本を見てご一緒に…」
と。

 後で聞くと、夏休みなどで子供たちに教える時に使っている本とか。その家の大きくなった子供もひさしぶりにお経を読んだとニコニコ顔。なにか、心なごむ法要に出合うことが出来た。
                                  【名ばかりの推進員】
                          
      


(2001.3)

 先月、親戚のおじいちゃんの一周忌に呼ばれた。その日は雪が降るあいにくの天気だったので厚着をして出かけた。寺に入ると、東本願寺の鶴亀のろうそく立てがあったので、私と同じ浄土真宗の寺だと気づいた。

 いつも念珠と一緒に勤行集を持っていくので、今日も後ろで読もうと思い、本を出した。
 お経が始まり正信偈に入ったとき唖然とした。音程や音調が本に書いてある譜と少し違うのだ。私は仕方なく読むのをやめ黙読にした。

 こんなことが過去にも何回かあった。住職ならば正信偈を、正しく本に書いてあるとおりに読んでもらいたい。初めて本を開く人は、最初は住職の声をたよりに確認しながら黙読するはずだ。その時住職の音程が違うと困難に感じ読むことをやめてしまうと思う。

 勤行集は一般の人々が読むための本だ。そこに書かれている文章は、お経のとき住職と一緒に読んでもらうために書かれたのだ。その中でも親鸞聖人御作の正信偈は、毎日お内仏に向かって読んでもらう事を願って蓮如上人が譜をつけられたと聞く。
 人々が読みやすいように音程も低中高の三段階で、音の長さも本に書いてある長さに合わせればよい。

 最初は住職の声にあわせ黙読すれば、次回は一緒に読むことができる。私も常に念珠と勤行集は持って行くので、読者の方々も一緒に読もう!
             
     追伸、等運寺住職は正しく 読んでいます。感謝!

                                【口先だけ の推進員】