特集 V お墓を考える】 

  等運寺  責任役員   竹 内 孝 哉 さん
   同    総 代    小 杉 浩 一 さん
南無の会 ・ 推進員   小 林 正 樹 さん
  ゲスト 西源寺 住職   楠  雅 丸 さん
   聞 き 手    等運寺  住 職

合葬墓 『無量寿』(ご紹介のページ へ)

【住職】 墓は家族が継ぐものだという前提だったのが、近年多様化しているようです。最終的に、自分で選択すると同時に、社会、とりわけ、寺がどうサポートできるかが課題だと思います。
 当寺では、役員会で二年余り協議の上、会員制で合葬式の墓『無量寿』を建立しました。「お墓」をテーマに、自由にご発言ください。

少子化と意識変化の中で

【楠】 「家を継ぐ」という考え方が千差万別ですよね。
【竹内】 今は、結婚するにも、どっちも一人っ子ということが多い。
【小杉】 『無量寿』の話が出たときに、これはいい話だと、家族の了解を得れば、その仲間に入れて欲しいと積極的に賛成した方なんです。
 けれども、古いながらも、せっかく墓があるのに、そこまでして会員となることには、なかなか納得してもらえなかった。
【小林】 少子化で、後継ぎがいないから「共同の墓」なのか、それとも自分の考えがあって『無量寿』なのか…。
【楠】 一番「本来的な墓の形」っていう感じがするんです。長い「いのち」を伝えてきた歴史ではなくて、今は目の前の「いのち」しか見ない時代のように思います。
【小林】 親戚の老夫婦も、せがれ夫婦が県外に定住する可能性があるが、そこには世話にならないで、自分で自分の墓を建てるようなことを言われていた。
【楠】 墓は、自分の所有物のひとつなんですよね。
【住職】 日本人はお骨に対する執着心が、特に強いようだ。
【楠】 五重の塔は仏舎利塔ですね。それは、お釈迦さまのお骨ということもあるが、仏教では大切にしてきた事実はある。
 本山は真宗本廟として、ただお骨を守ってきたということじゃなくて、精神を伝えてきたということがある。お骨に執着しすぎるとおかしくなる。親鸞聖人も…、
【小林】 賀茂川に投げて、魚に与えろと言われたと聞きましたが。
【住職】 そのことを、覚如上人が「亡骸への執念を排して、死を契機として、私の信心を問うご縁とすべきことを言われたもの」だと言われている。
 その後の生き方を問題にしないで、お骨を大事にするのが親孝行だと、勘違いしやすい。
【竹内】 だんだん変わってくるんじゃないですか。お骨を海や山にまいてくれというのが出てくるし。


 あなたは、将来どのような墓に
 はいりたい思いますか?

  先祖代々の墓・・・・ 52.9%
  家族だけの墓 ・・・・19.8%
  墓はいらない  ・・・・14.0%
  だれとでも    ・・・・ 9.0%
  親しい友人と  ・・・・ 3.4%
  自分だけの墓に  ・・・0.9%
   
      
(某テレビ局アンケートより)

これでは 死ぬにも 死ねない

【住職】 それは、大都市で葬儀をして、墓も建てると、1000万円を超える経費がかかるというが、そのことの反発もあると思う。
【小杉】 私の都市部の親戚で、まず葬式の前金をくださいと言われたことがある。そうでなければ、葬式はしませんと。だから、墓も含めて莫大な金をつかったらしい。
【楠】 確かに、そんな大金がかかるんなら、いらないという気持ちはよくわかりますよね。
【小杉】 あんまりかかり過ぎるから、トンズラする人もいるんでしょうね。だから、前金が欲しいと(笑)
【楠】 今のままで、どんどん墓が建っていくと、一体、墓地がどのくらいいるのかなって、住職してて思うことがあるんですよ。寺には、こういう合葬式の墓がひとつあるべきだと、本当に思うんです。
【小林】 よく、嫁姑の問題で、あの人と一緒の墓に入りたくないなんてことを聞きますが、『無量寿』という意味と願いからは、かけ離れた考え方ですね。
【竹内】 ぜんぜん違う!
【住職】 お骨になっても、中でガチャガチャと、けんかしてるってことですか(笑)
【楠】 諸仏と呼べないですね(笑)
【住職】 墓じゃなくて、地獄かな ?
【小林】 そういうことですよね…。
【小杉】 そう思う心だけでも、地獄だよね。
【楠】 だから、墓にしてもお骨にしても、人間は、自分で思い描いた考えが強いと思いますよね。かめの底に穴をあけたり、散骨にしても、土にかえすという考えがある反面、最近、ロケットで飛ばす「宇宙葬」という計画もあるらしい。このうえ、宇宙のゴミを増やしてどうするんだろうと思う。
 『無量寿』と名づけられたように、大きな「いのち」に戻るということに、私たちが気づいていかないと…。
【小林】 生前の利害とか、嫁姑とか、そういう考え方を超えた時に、『無量寿』に、一緒に入ってもいいなと思うんでしょう。
【住職】 単に先祖を大事にすることが仏教の教えではなくて、自分の「いのち」をどう生きるかが、最大のテーマにならないと…。たまたま、人として生まれさせていただいたこと、そのこと一つに輝きを見い出せるような教えが親鸞聖人の教えだと思う。
【小林】 以前は、お墓参りをする時は、先祖を呼び起こして、道に迷わないように提灯をもって自宅のお内仏まで案内して、お盆期間中はお参りするものだと思っていたんですけど、「南無の会」などでいろんなことを聞いているうちに、それは違うんじゃないかと気がついてきた。
【小杉】 法事葬式のお寺さまの法話自体も変わってきているんじゃないでしょうか。私の親は地獄極楽は、現存するものと信じたまま死んでいった。亡くなられたご老院の「生きているんじゃなくて、生かされているんだ」というお話を聞いたころから、思っているんですが。

お骨への執着心が強すぎる

【楠】 墓のことといえば、「自分の、自分の、自分の墓」という思いがはっきり出ますよね。隣の墓より、1センチでも広くしたいと思うし、規格が定まると、今度は上へ上へと伸びてくる。
 この前、一人暮らしのばあちゃんが「墓をつくらせてくれ」と頼みに来たので、「後をどうするんですか」と尋ねたら、「誰かがみてくれるだろう」ということだった(笑)
【住職】 墓が最終的な住居「終のすみか」だと思っている。それは住職の教化ができていないということかな…。
【竹内】 それはそういうことでしょうね。
【住職】 昔の妙好人は、自分は死んでも石の下になんかいないと断言されたが、今の時代に、その意味をわかる人がどのくらいいるのか…。
 『無量寿』と名づけた意味と、そんな「いのち」を生きてはいないんだと、うなずいてくれる方が入ってくればいいと思います。
【小杉】 そうですね。
【小林】 墓地を見ると、新しい墓は「南無阿弥陀仏」か「倶会一処」が多いですけど、古い墓は「先祖代々」とか「OO家之墓」が多いです。それは、一族だけの墓っていう感覚ですよね。
【小杉】 我々にしてもそういう感覚です。
【楠】 それを極端にしたのが個人の墓とか、家族の墓ですね。
【竹内】 今はもう、先祖代々なんていう感覚が、だんだんなくなってしまっている。いいとこ、おじいちゃん、おばあちゃんくらいのところまで…。
【楠】 もっとも、「先祖代々」と書かなくても、これが墓だとわかりますけど。
【小杉】 何10代前であろうとも、「いのち」がつながっているのであれば、先祖は先祖ですからね。
【住職】 先祖のいのちが、タテの関係でつながっているのであれば、ヨコのいのちもつながっていると考えられる。日本人の先祖とアフリカ人の先祖が違うわけがない。何かの因縁で、少しずつ違ってきただけなのだから。
【楠】 そのタテのつながりさえもわからなくなってきているんだから…。目に見えないものは考えられないし、そんなものは、ないんだというのが現代人の考えかもしれない。
【小杉】 これから、仏の道を若い人に言い聞かせていくには、お寺さまも大変な時代になりますね。

死んだらどこに還(かえ)るのか

【楠】 『無量寿』のいう言葉の意味がわからないと、なかなかわからないことだと思う。 石川県のどこかで、集落がひとつの墓の中に入るというのを、テレビで見ました。たぶん真宗門徒の集落でしょうが、本来的にはそうだったんでしょう。
【小林】 そもそも「墓」ってのは、どういう意味なんでしょうね。
【住職】 遺族が、亡き人の面影を偲ぶ場所…。初めは、亡骸を埋めた土盛りの目印として杭を立てた。木だとすぐ腐って、場所がわからなくなってしまって、誰かが立ちションベンでもしないように、河原から丸石を拾ってきて、その目印とした。そのうち石に名を刻むようになったらしい。
【楠】 権力者となると、すごいものをつくりますからね。そこには、墓は自分の力を示すものという考えがある。
【小杉】 若いころ読んだ『華岡青州の妻』という本で、青州の妻や一族が小さな墓で、青州の墓がその数倍という…。墓という「ものさし」で人を測るようなものだ。そういう風潮だったことは、確かにあった。でも「しるし」だということを聞くと、立派な墓はいらないなと思う。
【住職】 それ(お骨)はそれで大事だろうけど、それより大事なことがある…。
【竹内】 これからは、どの寺にも『無量寿』みたいなものが必要になってきますね。
【楠】 もう否応なしに必要になってくると思いますよ。
【小杉】 『無量寿』はいろんな人が集まって話し合える場になる。いいもんだなと思います。
【住職】 お骨は入るべきところがあり、自分自身は還るべきところがある。『無量寿』が何の心配なくこの「いのち」を生ききることのできる根拠の一つになればと願います。
                            (2000年9月収録、文責住職)