等運寺の沿革 ほ か
   略 年 代 記    歴 代 住 職
     番外編、 こんなのもある    HOBBY 
   諸行事の写真集   境内に咲く花々    ア ク セ ス


〒950−1455   新潟市南区新飯田 6634 
真宗大谷派(東本願寺) 三条教区 第18組
住職 塚本智光 (つかもとちこう)
Tel.  025−374−2026    Fax. 025−201−6847
       
      こんな寺です
 
秋 の 裏 庭 の 紅 葉  (植樹1年目)

   【 アクセス
新潟交通バス停「新飯田保育園前」下車10秒、
新飯田(にいだ)地域生活センターの斜向い
高速「三条燕インター」より新潟・白根方面へ12分
新幹線「燕三条駅」からタクシー2000円くらい

【お車でいらっしゃる方は…】

@新潟方面からは、
国道8号線を、白根市街から5〜6qの信号「清水」を右折(左・加茂、右・岩室の標示板)、
500m先の1つ目の信号を左折(中の口川右岸)、
3qほど先の堤防下左に寺と墓地が見えます。(新飯田には1ヵ寺のみです)
A三条方面からは、
国道8号線
を三条市代官島から、大きく左カーブしたところから新潟市(旧 白根市)です。
信号3つ目の「新飯田小学校前」の信号を左折(左角に鉄筋3階建ての理髪店)、
400m先、1つ目の赤の点滅信号を右折、
市道を600m進んで、ほぼ正面右側に寺があります。(保育園のはす向かい)
B西蒲区方面からは、
巻・加茂線の、中の口川にかかる「両郡橋」東詰め信号を右折
堤防の県道を3qほど進み、左に寺と墓地が見えます。



 歴代住職  就任年齢   就任年
                  (生年〜還帰年)
 家族です。前列の前住職は1999年浄土に 還帰いたしました


   開 基 了順、     1608(慶長13)年

   2 世 (不詳)

   3 世 教順

   4 世 浄西

   5 世 善空      1644(寛永21)年

   6 世 全空

   7 世 教意
                 (    〜1718)
   8 世 智円      1716(正徳6)年
                 (    〜1753)
   9 世 円諦      1743(寛保3)年
                 (    〜1789)
   10世 照運      1766(明和3)年
                 (1747〜1816)
   11世 秀諦 19歳 1788(天明8)年
                 (1770〜1840)
   12世 秀運 27歳 1820(文政3)年
                 (1792〜1866)
   13世 良諦 25歳 1843(天保14)年
                 (1819〜1878)
   14世 諦道 23歳 1866(慶応2)年
                 (1843〜1916)
   15世 智道 24歳 1912(大正元)年
                 (1893〜1982)
   16世 智教 33歳1956(昭和31)年
                 (1923〜2000)
   17世 智光 37歳 1990(平成2)年
                 (1953〜    )













 【略年代記】  新飯田の歴史を含めた年表は、ここをクリック !

1508(永正5)年   信濃より 僧 慶幽が来たりて小吉 円明寺を創立。(若宮神社参道付近)
1536(天文5)年   円明寺 焼失
1545(天文14)年   「円明寺」寺号 許可
1615(元和元)年   小吉 円明寺 現在地に移転(「中之口村史」による)
1608(慶長13)年 開基 了順 等運寺開基(当時は新飯田 円明寺と称す。「7世 教意 文書」、「御影裏書」による)
1644(寛永21)年
     1月28日
5世 善空 小吉 円明寺住職 善空隠居して、新飯田 等運寺に移住し、5世 住職となる。このころ沢海領2代目領主 溝口土佐守から、2反4畝の寺領田の寄進があり、本堂改築の準備にはいった。(「7世 教意 文書」による)
現在のの家系は、5世 善空から始まる。
1667(寛文7)年
     6月16日
   
1671(寛文11)年   江戸幕府 檀家制度を制定
1677(延宝5)年
     2月15日
6世 全空 本山から全空 宛に、木仏尊像 許可、等運寺の寺号 許可(本山許状)。堂宇建立(庫裏か?「白根市史」による)
1683(天和3)年
    閏5月24日
7世 教意 親鸞聖人御影下付(本山許状)
1689(貞享4)年    〃 教意 奉行所宛に、等運寺に関する報告書を提出する
1690(元禄3)年   越後三条御坊(別院)創立
1691(元禄4)年
     7月24日
   〃 太子・七高僧御影下付(本山許状)
1703(元禄16)年   三条別院 完工
1706(宝永3)年    〃 徳川幕府の政策により、この年から等運寺の「過去帳」の記載が始まる(すべて現存している)
1715(正徳5)年    〃 本堂改築される(八間四面・2代目と推測)。棟梁は出雲崎の大工八郎左衛門、ならびに小黒与次兵衛(等運寺棟札、出雲崎町史)。以来、1986(昭和61)年に改築されるまで271年間、中之口川の決壊による5回(?)の水害、三条地震、新潟地震などに耐えてきた
1751(宝暦元)年
     6月13日
9世 円諦 円明寺から御影を、金三両にて譲り受ける(「譲り状」による)
1758(宝暦8)年   良寛、出雲崎に出生
1762(宝暦12)年   越後地震
1778(安永7)年 新飯田地内で中之口川破堤する
1779(安永8)年 新飯田地内で中之口川破堤する
1782(天明2)年 新飯田地内で中之口川破堤する
1784(天明4)年 新飯田地内で中之口川破堤する
1785(天明5)年 新飯田地内で中之口川破堤する
1807(文化4)年 新飯田地内で中之口川破堤する(青地蔵脇)
1808(天明5)年 新飯田地内で中之口川破堤する
1808(文化5)年
      8月3日
  円通庵の僧 有願 示寂、 73歳
1828(文政11)年
  11月12日8時
  三条地震。三条別院倒壊し類焼する。
新飯田村 120軒倒壊し死者多数(過去帳より)
1831(天保2)年   僧 良寛 示寂、 74歳
1835(天保6)年
     6月26日
  新飯田 町 大火。町 残らず焼失
1836(天保7)年8月 新飯田地内で中之口川破堤する
   同 年    9月 新飯田地内で中之口川再び破堤する
1839(天保10)年   三条別院再建始まる
1842(天保13)年   三条別院本堂完成上棟式
1860(万延元)年   三条大火
1863(文久3)年   三条 五十嵐川・信濃川 洪水
1869(明治2)年   三条大火(1600戸焼失)
1870(明治3)年 14世諦道 強風のため等運寺の鐘楼破転
1878(明治11)年    〃 等運寺庫裏改築 (棟梁 羽生田 神田藤十郎)
1880(明治13)年
      5月21日 
  三条大火。三条別院焼失(2000数百戸焼失)。  新潟大火 6175戸焼失
1880年(明治13年) 新潟大火。新潟町の6割、6000戸以上が焼失 
1891(明治21)年    〃 等運寺鐘楼再建(寄進、砂原 枝村伴蔵氏、現在 燕市穀町)
1897(明治30)年   柏崎大火(1243戸焼失)
1898(明治31)年   直江津大火(1618戸焼失)
1908(明治41)年
       3月
新潟大火。市内中心部1198戸延焼。初代萬代橋が焼失
  同年  7月   三条別院竣工、入仏式。 新潟大火(3月、9月)
  同年  9月 新潟大火。2076戸が焼失
1909(明治42)年   大河津分水 起工式 (完成 1926年、大正15年)
1912年(明治45)年   弥彦神社焼失
1917(大正6)年 15世智道 等運寺奥座敷新築(寄進、釣寄 野田太郎吾氏、現在 黒埼)
  同 年 7月 新飯田横町、中町で大火
1920(大正9)年   第11回国勢調査。7797万人、新潟県177万人。
1927(昭和2)年
      9月4日
   〃 本堂屋根改修工事(萱葺きから瓦屋根に)
1930(昭和5)年    〃 等運寺土蔵新築(寄進、釣寄 野田太郎吾氏、現在 黒埼)
1942(昭和17)年    〃 等運寺釣鐘を戦争に供出させられる
1945(昭和20)年   長岡 大空襲
1950(昭和25)年    〃 等運寺釣鐘を購入。以来毎朝撞かれている
1955(昭和30)年   新潟大火(1126戸焼失)
1956(昭和31)年   弥彦神社事件(124人死亡)
1961(昭和31)年 16世智教 町同朋の会、村同朋の会を結成(当初は「お経会」)
1961(昭和36)年
      9月16日
  第二室戸台風、境内の樹木 数10本が倒木。新飯田地区の家屋被害 数10戸、果樹被害甚大
1963(昭和38)年   「38豪雪」。交通網完全麻痺、果樹被害甚大。自衛隊が新飯田に救援、新飯田橋上に自衛隊ヘリが緊急着陸のハプニングも。
1964(昭和39)年
      6月16日
  新潟地震。庫裏の壁 落下程度で、新飯田地区の被害は軽微。
刈谷田川 氾濫 9000戸浸水。
1972(昭和47)年    〃 同朋の会「青壮年部」、「潟浦同朋の会」を結成
1977(昭和52)年    〃 等運寺庫裏を改築(築100年、棟梁 上中村・小日向秀夫)
1978(昭和53)年    〃 伝道掲示板をはじめる。(当初4ヵ所、現在7ヵ所)
1978(昭和53)年   北陸高速道 開通
1982(昭和57)年    〃 寺報「報恩」を創刊(年6回発行)
1987(昭和62)年    〃 等運寺本堂を改築(築272年、施工 柏崎 大和工業)
1994(平成6)年 17世智光 同朋の会「南無の会」を結成
1997(平成9)年
      3月28日
   〃 合葬墓「無量寿」を建立。等運寺 塚本家の墓を処分し合祀、「無量寿」の一会員となる
2003(平成15)年    〃 ホームページ開設
2004(平成16)年    〃 等運寺奥座敷を改築 (築87年、施工 新村・仲野英哉)
2004(平成16)年
      7月13日
  7.13水害。三条 五十嵐川、中ノ島 刈谷田川 が決壊。当寺門徒10戸が床上浸水。新飯田は橋上まで川水が打ち上げ、通行止めとなる。白根の町部では、堤防から漏水し、避難命令が出る。
2004(平成16)年
     10月23日
  中越地震。等運寺は白壁の一部破損程度で、ほぼ被害なし。親戚寺院の長岡西蔵王 浄照寺、西山町北野 光徳寺は、屋根瓦崩壊、土壁落下、天井落下、仏具破損など、大被害あり
2004(平成16)年   新飯田に「有願会」再発足
2005(平成17)年    〃 ドメイン取得
2005(平成17)年    〃   等運寺鐘楼を改築(築114年、施工 下中村 新栄住建)
2007(平成19)年    〃   同朋の会「あゆみの会」を結成
2007(平成19)年    〃   境内正面に駐車場用地を取得(130坪)
2010(平成22)年    〃   梵鐘(3代目)を購入。(200貫・750kg)