「伝道掲示」集
                                           【伝道掲示88

めでたさも 中くらいなり おらが春

 

一音の 瞑想長し 除夜の鐘

      諸行無常の響 流るる (千野金太郎)


たわむれに 母を背負いて そのあまり

 軽きに泣きて 三歩歩まず(石川啄木)

 

 

ドウニモナラナイ ワタシ

 ソノワタシガ イマココニ オリマス

 ワガ ミナヲ ナゲダシテ(竹部新之進)

 

子供の目 社会の目 仏の目

 素通しのガラス どんな理屈も役に立たない

 

 

自分に捕らわれて

 思いやりを忘れたら 最後に自分の破滅が来る

 

自分が大事なあまり

 他人のみになって考えることを忘れる おろかさ 恐ろしさ

 

この泥なればこそ 蓮の花あり

 

鏡の中に私がいる 私の中に私がいる

 鏡の中のもう一人の自分を見る

 

ともに喜ぶは 二倍の喜び

 ともに苦しむは二分の一の苦しみ

 

 

にくしみほど醜いものはない みんな貪欲がそのもとにある

 

 

この不完全な私が 順縁 逆縁

 あらゆる人からお育てをいただく ここが仏の捨て賜ざるところ



 

彼の岸は かすんで見えぬが

 この岸はよく見えます 私の煩悩の底に(榎本栄一)

 

 

よく見れば 私の受けている苦しみ

 自分がこの世で蒔いた種も混ざっています(榎本栄一)

 

 

山の杉は五十年で世の役にたつ

私は杉よりも長い年月を経て

 何の役に立っているか(榎本栄一)

 

常には詣れずとも

 盆にはおいで 親の墓場の草取りに(関根豊平)

 

 

物を受くるに 心をもってせよ

 法を受くるに身をもってせよ(金子大栄)

 

 

人間は 今生かされてあることを

 あらためて再認識する使命がある

 

 

亡母ありし 貧しき頃の 蚊遣りたく

 

 

叱ってくださる人のあることは有り難いこと

 あきられた人はだれも叱ってくれない(みのり誌)

 

 

善人もいい 悪人もいい

 みんな娑婆の道連れである 許しあうことだ(同)

 

 

伸びる子に 有難うの 芽を育て

 

 

如何になりゆくもおん手の中

 妻がさきに死ぬのだろうか

 私がさきに死ぬのだろうか(榎本栄一)

 

 

四方八方から いろいろのおん手が

この私を救いあげてくださる(同)



自分がどれだけ世の役に立っているかより

 自分が無限に世に支えられていることが

 朝の微風の中でわかってくる   (同)

 

 

昆虫は足が六つある

 人間より災難が多いので 六つの足でこの世を歩く(同)

 

 

イライラ クヨクヨ みんな他人のせいにしている

 心の狭い人間がいまこの世に生きあっている

 

祈る宗教大繁盛

祈らずにおれない迷いの人間の多いこと

 

 

お念仏は「山びこ」

仏様の呼び声に目覚めた者の反響である

 

 

鳥獣はない年末というものが

人間にだけあって待ったなしで私を押し流す(榎本栄一)

 

 

年は唯黙々として行くのみぞ(虚子)

 

世の中には

人様の気づかぬ落ち穂があるので

私は大事にそれを拾いあげます(榎本栄一)

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