「伝道掲示」集
                                            【伝道掲示91

正月をあらい流して茶づけかな(露川)

 

ひと愚かなりほのぼのと初あかり(高野素十)

 

おたすけとは自分のすわる場所をいただくことです

 

ばばが育てば嫁も育つ 嫁も育てば孫も育つ 楽なわけだが

 

私は羊です 心のやさしい動物です

 人間社会の皆さん

 私たちには垣根越しの争いなどありません(山田長一)

 

 

自分の都合によってしか人を見ることが出来ない人間の業

 

いろいろの生きものを痛めつけて私は生きている罪悪深重

 

問題があること 常に問いを持つことは自分が今生きている証拠だ

 

この我執この自我 俺と一生つきあう相手

 

仏さまと二人連れの人生 ちょうどよくない筈はない

 

くずかご様 何でも受け入れてくれる

 フッと犯した私のアヤマチも(榎本栄一)

 

いわしを何匹もたべた

 鰯の命が私の命となって

ややこしい人間社会をグルグル駆けめぐる(〃)

 

ちょっと他人に譲ったら ちょっと仏様にあう( 〃 )

 

親鳥はヒナ鳥にエサを運ぶ

 ヒナ鳥は大きくなっても

親鳥にはエサを運ばない ナルホドナルホド( 〃 )

 

自分免許は危ない

 これでよろしいかとよき人に

見てもろうてまた道を歩く( 〃 )

 

死んでわが子にいい所へいくんだよと言う

 そういう私はどこに行くのだろう(東京教務所)

 

楽しいときも苦しいときも そこに自分の人生がある( 〃 )

 

 

迷惑をかけたくないと思っても

迷惑をかけずに生きて行けない私です

 

自分の力や都合だけで何ひとつ始末のつかないこの命

 

自分の内にその心があるから他人の欠点がよくわかる

 

自分の殻が破れないと人間が育たない一人前と言えない

 

一息入る息一息出る息 すべてわが力にあらず(蓮如上人)

 

ひとりの殻を出て縁あるままに人に遇う仏に遇う
 

 

自分の外にあるものを支えに生きる限り

いつも不安におびえねばならない

 

人が私を苦しめるのではない自らの思いで苦しむのだ

 

お盆は倒懸という義(いみ)

真実に背いて生きている人間は

皆木に逆さにつるされたようなものだという

 

 

稲刈って 俄かに山の近づけり(田中美根子)

 

コスモスに 触れて優しきことを言う(鈴木宝竹)

 

 

彼岸へ (おな)じ念(おも)いの歩をぶ (直井烏生)

 

自分を忘れて暮らしていることを人間不在という(東京真宗会館)

 

一夜づつ秋たしかめて虫の声(鈴木宝竹)

 

いい恰好をするな強がりを言うな

背伸びをするな卑屈になるな全て虚假(吉原芳仙)

 

自分のあやまちを人間だからと言い

他人のあやまちを人間のくせにと言う

 

ころころころころ気の変わる私を

如来さま今日もよくまあ支えて下さる

 

ガンも風邪もみな同じ

死の縁無量のわれらなり

病名それぞれ違えども

今いのち平等に賜りて

語り合える楽しさよ

 

 

庭のバラ誰が見てくれても見なくても

業の分限を知って明るく楽しく咲いている

 

昔私には千手観音のように手が何本もあった

しかしそれは自分をかばう手であった

まだその手が二本残っている   (榎本栄一)

 

けつまづいて心くじけたが私は

ここで正味の自分にあいました( 〃 )

 

私を見ていて下さる人があり
 
  私をさして下さる人があるので

  私はくじけずに今日を歩く   ()

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