「伝道掲示」集

                                          【伝道掲示93

延命を祈るうちにも ちぢむ命(三条別院)

 

 

み光のもと今年も精一杯生きよう(関根豊平)

 

 

ためいきはいのちをけずるかんなかな(佐藤フミ)

 

 

いつまでも生きたい人の顔ばかり

 

 

おかげさまもったいないすみませんありがとう

 

 

「おかげさま」祖先の遺した最高の言葉

 最善の生きざま終極の人生観

 

 

自信も結構

 しかし自分本位の傲慢(ごうまん)だと思いませんか

 

 

祖父も師も昔に称えしお念仏

吾も称えし嬉しかりけり(  暁宇)

 

 

和とは不和のかなしみなり

 和を願いながら和に背を向けている私

 

 

親は親の色に輝き

 子はこの可能性の中に輝いて生きる「各々安立」(戸次法子)

 

 

なんでもないことだが

私のぐるりをただあたたかく見るだけ

ひとつこのことをしてみよう

 

 

問題は常にあり 問題は常に内にあり

 

 

自信を持つことは大事なことだが

 悲しいことに人間はとかく傲慢になる

 

 

自分のためには汗を流し 人のためには涙を流せ

 

 

たった一言が人の心を傷つける たった一言が人の心を温める

 

草の庵にねてもさめても申すこと 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

 

 

南無阿弥陀仏とは何か まことにすみません 本当にありがとう

 

 

形のないものの法が かえって一番大事だった

 

 

人 花を見る 花 人を見る

 

 

私にはいつでも帰っていく故郷があります

 

 

「ゴメンナサイ」と言いにくい時は

背中の方からそっと言いなさい

 

 

目に見えるものは

目に見えないものにいつも与えられているのだ

 

 

問題は向こうにない 

自分にある こっちにあるわかりますか

 

 

全ての人は 内に深く死と運命 罪と呪い

 無意味と空虚を必ず持っている

 

 

子供は今まで来た自分 老人はこれから行く自分

 

 

ひとつの言葉で喜び ひとつの言葉で泣かされる

 言葉 それぞれ生きている

 

 

本当のことがわからないと本当でないことを

 

 

仏法とは鉄砲の反対

 鉄砲は外を打つ 仏法は己の内を打つものである(安田理深)

 

 

拝むて 称える手 信ずる心 全て皆他力なり

 

 

死に向かって進んでいるのではない

 今をいただいて生きているのだ

 今ゼロであって当然の私   (鈴木章子)

 

 

朝起きたらここに私の一日がほのかに開いている

 私は未知の一日へ足を踏み入れる(榎本栄一)

 

 

昔から様々のしくじりを帳消しにしていただいて

今日の私がここにいる(同)

 

 

シドロモドロ私の歩いた足跡

 よく見ると二つの足跡の中にもうひとつの足跡があった

 

 

親も子も息子の嫁もその孫も それはお前に丁度よい

 

 

顔も体も名前も姓もお前にそれは丁度よい

 

 

仏様と二人連れの人生 丁度よくないはずはない

 

 

順境の時はフワフワと 足は大地を離れかけ

 逆境の時はしっかりと足は大地についている(榎本栄一)

 

 

あの人には私にないものが与えられ

 私にはあの人にないものが与えられている

 それぞれいただきもの    (同)

 

 

今は草のは葉にとまっているが

時がくれば大地に落ちて目をつむる

 しかしそこは私の故郷   (同)

 

 

順境あっても逆境あっても人は煩悩を起こす

 

 

いづこへも吾はゆくべしみほとけの

おわしたまわぬところなければ(九条武子)

 

 

妄念の中より申しいだしたる念仏は

濁りにしまぬ蓮()のごとし(法然上人)

 

 

楽しよう 楽しようとして苦しんできた

 どこか間違っていないだろうか

 

 

万物はみなつながって生かしあっている(「みのり」誌)

 

 

如来の説法は耳で聞くのではなく心で感じ取るもの(同)

 

 

孝行せよというよりもまず自分でして見せよ 出来るか

 

 

勿体なや この息災や 日向ぼこ(秋子)

 

 

私どもの生活は恩をうける生活であると同時に

 恩に報いる生活である(暁烏 敏)

 

 

さわりなくすべてを照らすみ光は

 さわりある身の上にこそ照る(臼井祖山)

 

 

人は昨日にこだわり明日を夢みて今日を忘れる(「南御堂」紙)

△ もどる